Skip to content

タイムマシンを作った男

タイムマシンが完成してしまったのは全く予想していないことだった。というのも、そもそも僕たちはタイムマシンを作ろうとしていなかったからである。作ろうとしていたのは『瞬間移動装置』、例えるなら『どこでもドア』のようなものだった。なのにどういうわけか目の前にあるのは紛れもないタイムマシンなのである。僕は途方に暮れてこの研究所の所長に尋ねた。ちなみに僕は研究員の一人である。

「所長、この装置についてどう思いますか」

「ふむ。漠然とした質問だが、言いたいことはわかる」

所長は自慢のあご髭をいじりながら、ぶらぶらと室内を歩いた。考え事をするときの仕草である。

「我々の当初のアプローチは数多のSFにあるようなテレポート装置だった。体をなんらかの方法で粒子化して、それをもう一つの装置で再現するというものだ。この考えは我々を長い間苦しめてくれたものだ、まったくもって許せん」

苛立たしげに悪態をつく。所長の気持ちはよくわかる。僕も所長と一緒にあの難問に取り組んだからだ。途方もない調査と研究と実験が行われた。しかし成果は微々たるものであった。

「話が逸れたな。見事に失敗した我々はより原始的なアプローチに回帰することにした。2点間を限りなく高速に移動するというものだ。考え方としては電車や飛行機を極限まで早めたものとなんら変わりはない。つまり超高速移動である。人体は急激な加速には耐えられないが、適度に粒子化した体なら耐えることができる。あの馬鹿げた実験も少しは役に立ったというわけだ」

「しかし、その超高速移動というところに罠があった」

「そういうことだ。我々の理想は瞬時に移動することであり、それは事実上無限の速さで移動するということに他ならない。最も早いものは光であり、光速度は不変だ。相対的に時間が遅くなる。光の速さに近ければ近いほどに。そして瞬間移動装置は考えうる最高の速度で移動する。ゆえにタイムマシンとなってしまったのだ」 所長は嘆いた。僕たちが作りたかったのは瞬間移動装置なのだ。

「それで所長、このタイムマシンもとい瞬間移動装置はどうします?」

「決まっておろう。破棄だ破棄。正常に瞬間移動できないのはゴミも同然だ。スクラップにでもしてしまえ」

「わかりました」

「・・・ふむ。ところできみ。瞬間移動装置は時間の遅れを除けば移動自体は成功したともいえなくないとは思わないか。ということは、時間を遡ればいいのではないか。よし、破棄はなしだ。こいつに時間を遡る機能を搭載するぞ。ああ、よく見ると愛嬌があるじゃないか。だんだん愛おしくなってきたぞ」

所長は、僕たちは未だに本格的なタイムマシンの開発に取り組んでいることに気づいていなかった。