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SOSを発信するVとテトラー

今日もテトリスの対戦相手を探していた。

自分で言うのはなんだが、僕はテトリスのガチ勢である。

日夜強者と対戦しては切磋琢磨をする日々。

それが灰色な人生における唯一の楽しみだった。

こんな毎日を送っていれば当然、広告もレコメンドもテトリス関連のものばかりになる。

最近はVTuberというのが流行っていて、僕はYoutubeによくテトリス系VTuberをおすすめされた。

何人かの配信を覗いてみたものの、エンジョイ勢がほとんどだったのであまり興味は起こされなかった。

そんな中テトリスのガチ勢ストリーマーとして登場したのが『年貢おさめ』である。

レートも戦法も僕と似ていて、ライバルができた嬉しさと嫉妬の両方を覚えた。

年貢おさめが久々に配信を再開した。

しばらく活動を休止していたのか、ほとんど配信をしなかったのだ。

何があったのかわからないが、再開したのは朗報だ。

僕は早速対戦しようとYoutubeを開いたら、愕然とした。

弱くなっていたのだ。

(なんでここで打たない? なんでいつもの型を作らない? なにをやってるんだ、年貢おさめ!)

コメント欄もざわついていた。

年貢おさめの本来の強さはみんなわかっているからだ。

当の本人は困ったような顔で笑う。

『久しぶりだから、少し、緊張しちゃって。あはは。大丈夫。次は勝つ、から』

強ばったような声。

なんだか辛そうだ。

こんなんで配信を続けられるのか。

思わず杞憂してしまうあたり、僕もVTuber文化にどっぷりハマってしまったのだろう。

次の対戦でも年貢おさめは負けていた。

ミノを積む速度は先ほどより速くなっていたが、いかんせん火力不足である。

失望よりも困惑が大きかった。

コメントを見る限り気づいている人は少ないが、いつもの彼女なら勝てる場面が多々あったのである。

三戦目では苦戦しながらも、なんとか勝利していた。

とはいえ、戦法はスピード任せのゴリ押し。

何をしているんだ。

僕は考えが知りたくて、彼女の操作を注視した。

(……おいおい、マジかよ……)

すぐにわかった。

テトリスにはその形状からそれぞれI・O・S・Z・J・L・Tと呼ばれる7種類のミノが存在する。

ミノを1つ保持することをホールドというのだが、年貢おさめは延々と『SOSSOSSOSSOSSOS...』の順にホールドしていたのだ。

SOSである。

(……年貢おさめはこういう悪ふざけをするタイプじゃないはず……だったら……)

僕は対戦を申し込んだ。

マッチング中のメッセージを見ながら、どうやって確認したものかと考える。

対戦が開始し、僕はほとんど考えなしに、彼女と同じよう『SOS』をホールドし続けた。

(なにか反応してくれよ……)

すると年貢おさめは操作を変えて、『TLTLTLTLTL...』とホールドするようになった。

(TL? テレフォン……電話か? いや、彼女の電話番号は知らない……タイムラインか!)

年貢おさめはTwitterをやっていたはずだ。

僕はまだ彼女のTwitterをフォローしていない。

(もしこれが釣りだとしたら、とんでもなく遠回りな宣伝だな……)

対戦が終わってから、僕は年貢おさめのアカウントをフォローすることにした。

年貢おさめの配信が終了して数分後、本人からDMが送られてきた。

『初めまして、年貢おさめです💰フォローありがとうございます。先ほどは対アリでした。怒涛のDT砲🔫!すごかったです!今後ともよろしくお願いします🤠』

ごく普通のメッセージだ。

だが内容に偽りがある。

僕は先程の対戦でテトリスのテンプレの一つであるDT砲は一切使っていない。

明らかに絵文字を使うためのフェイクだ。

ドルマークは年貢おさめのファンマークである。

そうなると、三つの絵文字が意味するところはなんだ。

年貢おさめが帽子を被った人物にピストルで脅されている、とかだろうか。

しかし、脅されているのならDMを送れたのはなぜだ。

それが許されているのか、それとも。

僕はメッセージは伝わったとの意図を込めて、OKの絵文字を添えて、無難な文章を返した。

翌日。

年貢おさめは珍しくマインクラフトの実況をするようだ。

過去に何回かは配信をしているようで、それなりに物資の整った拠点がある。

彼女はテトリス配信のときよりは落ち着いた様子で実況を始めた。

『新しい拠点を作りたいんです。パンダが好きなので、そこにパンダを持っていきたくて。だから今日はパンダを探します』

そんなことを言った。

時折コメント欄に現れる、いわゆる指示厨おじさんが『パンダは見つけるのも連れて行くのも難しい』などとコメントする。

それがどれくらい難しいのか僕はわからないのだが、いろんな指示が飛び交っているところを見るに、難易度は高めなのだろう。

そんな様子のコメント欄を見ても、年貢おさめは態度を買えなかった。

『パンダ見つけたいんです。パンダのぬいぐるみもたくさん持ってて』

彼女の謎のパンダ推しが始まる。

これは本音なのか、何かの暗喩なのか。

年貢おさめがパンダ好きなのは初めて聞いたが、真偽は確かめようがない。

パンダという言葉から何かメッセージを伝えようとしたのかと、さまざまなことを連想したが、結局わからなかった。

僕は探偵ではない、推理は得意ではないのだ。

年貢おさめのパンダ探しは3時間に及び、見つけた2頭のパンダが逃げないように囲ったところで配信は終了した。

ちなみに見つけたパンダにはそれぞれ、シンシンとリーリーと名付けていた。

その翌日もマインクラフト実況だった。

僕はマインクラフトについて多少調べてきており、またパンダについても調査しておいた。

シンシンとリーリーは上野動物園にいるジャイアントパンダの名前だった。

『やっぱりパンダを今から連れて歩くのは大変なので、一旦先に新しい拠点の土地を探したいと思います』

そう言って、忘れないようにと現在のゲーム内での座標を画面に映していた。

僕はその数字をメモする。

彼女はそののち、まるで目的地を決めているみたいに進み始め、ときおり座標を確認しながら進んでいた。

ある地点に近づくと、ほっとしたような声を出した。

『よかった、平原だ。広くて良いですね。このあたりを拠点にしたいと思います。新しいおうちを建てるのは……』

新しい拠点の座標を画面に映したので、それもメモした。

拠点に平原を選ぶのは納得できる。

マインクラフトにはいくつかの地形があり、その中で一番建築に適しているのが平原らしい。

とはいえ、年貢おさめが通ってきた道中には、他にも平原があった。

そこではどうしてダメだったのか。

彼女は座標を気にしていた。

僕はネットでマインクラフトのブロックの直径は1メートルだということを読んでいる。

(パンダのいる座標が上野動物園を表すとしたら…)

僕は座標から彼女が進んだブロック数を求め、それをキロメートルに換算した。

そしてそれを実際の地図と照らし合わせる。

(上野動物園からの距離で考えると、この辺りなんだよな。何かあるのか? ……ちっ、そういうことかよ)

地図を使い衛星写真を拡大したら、あるものが見つかった。

山奥にポツンと立つ一軒家。

ご丁寧に年貢おさめは『周りに木が足りないので、植林したいです』と言っていた。

ここからはもう僕の仕事じゃない。

スマホを手に取り、知り合いの警察官に電話をかけた。

後日。

知り合いの警察官からは『山奥の家に監禁されていた女性を保護した』との連絡を受けた。

その女性は行方不明で捜索届けが出されており、警察の対応も早かったという。

犯人は年貢おさめの熱狂的なファンだったらしい。

まったく嫌な話だ。

ちなみに年貢おさめのYoutubeとTwitterのアカウントは理由を説明されることなく閉鎖されていた。

犯罪に遭ったアカウントを保持するのはリスクが高すぎるのだろう。

年貢おさめから僕に対するメッセージは特になかった。

ネット環境から離れたのだろうか。

だとしても、その方が安全だろうし、僕からは何も思うところはない。

あの事件から半年くらいが過ぎただろうか。

僕の住んでいるボロアパートの隣に、若い女性が引っ越してきた。

一回くらいは見かけたが、しゃべったことはない。

結構大きな音でゲームをしているらしく、壁が薄いのでテトリスをしているのが丸わかりだ。

僕がとあるプレーヤーに勝利するのとほぼ同時に、机を叩くような音が響いてくる。

他の住人もいるんだぞ、と頭を抱えながら、大体の事情を知っている僕はため息をついた。

警察官でもある僕の友人が、彼女を保護した際に色々と僕のことを吹き込んだらしい。

意を決して、部屋を出て、呼び鈴を鳴らした。

『あの、どちら様ですか』

隣の部屋の者だと伝えると、しばらくして、おとなしそうな女性が出てきた。

「こ、こんにちは?」

聞き覚えのある声だった。

彼女は困惑するような、期待するような表情をしている。

「はじめまして、ですよね?」

何を話せば良いんだ。何から話せば良いんだ。

ポケットに入れっぱなしにしたSwitchがピコピコと音を立てている。

そうだな。

とりあえずは、テトリスの話でもしようか。

彼女の事情も、僕の都合も、ぜんぶそれからだ。