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最終更新: 2017年8月2日
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グリーン

 町工場のような散らかった部屋に、オリーブという名の爺さんがいた。ガタついた椅子に腰掛けたオリーブは、意気揚々とロボットを作っている。半田ごてをひっきりなしに動かしつつ、ときどきコーヒーを飲んで息をつく。そんな日々を送っていた。
 オリーブの作るロボットは失敗作ばかりだった。大抵は動きもしない。案の定、彼の机には、ガラクタのようなが機械がうず高く積まれている。彼は『ガラクタ製造業の技術者』を自称していた。
 彼の家は、荒れ果てた場所に立っていた。一言で表現すれば砂漠であり、植物という植物が存在しない不毛の地である。ずっと昔は肥沃な土地だったそうだが、欲深い人々によって徐々に土が痩せ、オリーブが生まれるころには植物の全く育たない地になってしまっていた。
 オリーブが生き抜いてこれたのは、良心的な先祖が残してくれた穀類の備蓄があったのと、持ち前の発想力で作り上げた水分離装置によって、日々の糧をなんとか得られたからであった。
 そんなオリーブにも一つの夢があった。それは、この地に再び緑をもたらすことである。それは何千年もかかる途方もない計画であり、もう年老いた彼には到底なしえないことだった。しかしある日、彼は成し遂げるためのアイデアを思いつく。そう、ロボットに働いてもらえばよいのだ。
 それから彼はロボット作りに没頭するようになり、失敗を重ね、年月が過ぎ、目も霞むような年齢になるころにようやく、一体のロボットを完成させた。彼はそれを『グリーン』と名付けた。その名には何の意味もなかった。
 オリーブはしわがれた声でグリーンにこう語りかけた。「やあ、調子はどうだい」。グリーンは答えて言った。「問題ナイ」。白色雑音の混ざった機械音声だったが、聞き取れないというほどではなかった。
 オリーブは余生をグリーンに知識を与えることに専念した。彼らはずっと一緒だった。
 ついにオリーブが死ぬ日となった。彼は先祖の残したもう一つの遺産をグリーンに託した。それは地下深くにある種子貯蔵庫である。そこには世界のあらゆる植物の種が集められており、それは地中の冷気で冷凍保存されていた。
 オリーブは緑豊かになった未来を仰ぎ見て、静かに息を引き取った。
 グリーンは植物の栽培を開始した。それは備蓄された穀類と痩せた土を混ぜて、植物の育つ土壌を作ることから始まる。グリーンはロボットであったが、その力は人ひとりと同じくらいであったため、その作業は何年にも及んだ。同時に、必要な水を得るために水分離装置も稼働させ続けた。
 土地の一部が回復してくると、グリーンは種を植える作業に着手した。最初はよく育つ強い植物を育てる。グリーンは種を植え、貯水した水を注いだ。やがて種は地中から芽を出した。グリーンはその名もなき植物を『オリーブ』と呼んだ。
 土地を広げていくうちに、グリーンは不毛な地で生き抜く人と出会った。最初に出会ったのがプルーンという名の男である。彼は畜産を営んでいたので、グリーンは肥料を分けてもらい、その結果、土壌の改良が捗ることになった。
 やがてプルーンは年老いて死んだ。グリーンは彼を看取ったのち、新たに栽培した名もなき植物を『プルーン』と呼ぶことにした。『オリーブ』と『プルーン』は畑と呼べるほどに繁栄していった。
 ある日のこと、グリーンはオリーブ畑で遊ぶ少年少女に出会った。イチジクという名の少年とザクロという名の少女である。グリーンは彼らと仲良くなり、助け合う存在になった。グリーンは彼らに実を与え、彼らはグリーンの作業を手伝った。グリーンが耕した柔らかい地に足を取られているときには、ザクロが助けてくれた。古びた配線を新しくしてくれたのはイチジクであった。
 やがてイチジクとザクロは年老いて死んだ。二人を並べて埋葬したのち、グリーンはその近くに新しい種を二つ植えた。そのうちの一つを『イチジク』と呼び、もう一つを『ザクロ』と呼んだ。
 グリーンはその後も、数え切れないほどの出会いと別れを経験した。そして別れが訪れるたびに、新しい種を植え、それを出会った人の名で呼んだ。グリーンはどの植物の名も忘れなかった。そして誰の名も忘れなかった。
 それから長い年月が経った。
 ついに、あの荒れ果てた砂漠だった土地に緑がよみがえることになった。グリーンが休まずに育てた植物でいっぱいになった。そこは人々の住みやすい土地になっており、そして実際に多くの人がそこに住んでいた。オリーブ、プルーン、イチジク、ザクロ、・・・。みんながそれらの植物を、グリーンの付けた名で呼んだ。
 そして全てを成し遂げたグリーンは、オリーブの木のそばで、誰にも気づかれずに、ひっそりと動かなくなった。グリーンは、もうすっかり錆び付いており、修理もできない状態だった。
 そして、グリーンの名だけは、植物の名になることはなかった。ただ、今でも誰もが生い茂った緑を見て、こう呼ぶのだ。『グリーン』と。