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最終更新: 2017年8月2日
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後日、別れた。

  • 登場人物
    • 小坂小春(こさかこはる):主人公
    • 雨野沙織(あまのさおり):主人公の元ライバル、今は友達
    • 黒川肇(くろかわはじめ):主人公の彼氏
    • 柳葉恭平(やなぎばきょうへい):主人公の幼馴染

 私の名前は、小坂小春(こさかこはる)。
 蛍ヶ丘高校に通っている、高校三年生。
 二年生の終わり頃に、恋人ができた。
 クラスメイトの黒川肇(くろかわはじめ)くん。
 黒川くんは背が高くてカッコよくて、ぶっきらぼうで、でも時々優しい。
 すごくモテるみたいだったけど、なぜか私のことを好きになってくれて、半年前に告白された。
 そして私たちは付き合うようになった。
 ・・・・・・
 あれから、もう半年。
 最初は黒川くんのこと、どっちかっていうと嫌いだった。
 悪口ばかり言うし、不機嫌そうだし、いつも上から目線だし。
 よくケンカになったし、よく泣かされた。
 でも、そうやって衝突するうちに、少しずつ気になる存在になっていくのがわかった。
 泣いているとそっぽを向いて「悪かったな」と言うところとか、私が人混みで困っていると手をぐいっと引っ張ってくれるところとか。
 そういう、ちょっとした優しさに惹かれるようになっていた。
 だから黒川くんが「お前が好きだ」と言ってくれたとき、私も黒川くんのことが好きなんだって、やっと気づいた。
 付き合い始めたばかりの頃は、一緒にいるだけで楽しかった。
 会うたびに、やっぱりこの人のことが好きなんだっていう気持ちが強くなった。
 黒川くんのそっけない態度も、ただ照れているんだと思った。
 でも、黒川くんはどこかいつも、そう、不機嫌そうだった。

 学校ですれ違ったときのことだ。
「あ、黒川くん!」
「・・・・・・」
 黒川くんはクラスメイトとの会話に夢中で、私に対しては一瞥しただけだった。
 何か悪いことしたかな・・・。
 私は心配になって、もう一度声をかけてみる。
「あの、黒川くん・・・!」
「ちっ」
 彼は軽く舌打ちをして、ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、ようやく私の方に来てくれた。
「あのな、小坂」
「・・・あの、お話し中ごめんね、でも」
「会うたびに挨拶とか、そういうのやめろって、言ってるだろ」
「でも・・・私たち付き合ってるんだし・・・」
「俺はな、めんどくさい女は嫌いなんだよ」
「う・・・・・・ごめん」
 私はただ謝るしかなかった。
「・・・ったく」
 黒川くんはそう呟くと、不機嫌そうに去って言った。

 ショッピングに行ったときのこと。
「ねえ黒川くん、次、あのお店に行こうよ」
「あー?」
「あの、私、あのお店が見たいな・・・なんて」
「ふーん」
 黒川くんはスマホをいじっていた。
 たぶん、今流行ってるSNSだ、RINEとかTmitterとか、そういうの。
 友達の投稿とかを見てるのだと思う。
 以前、何度か黒川くんのIDを聞いたことがあったけど、教えてくれなかった。
『どうせ週末に会うんだし、必要なくね?』
『でも、その、私たち・・・恋人、なんだし、できれば繋がっていたいっていうか』
『今何してるとか、送ってくるんだろ?』
『だって、その・・・気になるし』
『つーか前も言ったじゃん、俺はめんどくさい女は嫌いなんだよ』
『う、うん、わかってる、けど』
『分かったら、無駄に俺の時間を奪おうとするな』
『・・・ごめん』
 そんなわけで、黒川くんがSNSで何をしているかは分からずじまい。
 私は待つことしかできなかった。
 ようやく黒川くんが、スマホをポケットにしまう。
「あ、あの、黒川くん!」
「なんだよ」
「あのね」
 こういうことが何度かあった。

 お弁当を作ってあげたときも。
「腹が減って来たな。昼は・・・マッグでいいか」
「黒川くん、そのことなんだけどね」
「あん?」
「今日ね、お弁当作ってきたんだ」
「お前料理できんのかよ?」
「あんまり・・・だけど、頑張ったから!」
 私がそう言うと、黒川くんは近くのベンチにどかっと座った。
 私もその隣に座る。
 急いでお弁当箱を取り出して、包みを開ける。
「あの、あんまり美味しくないかもしれないけど・・・」
「不味かったら食わねぇ」
「う・・・」
 私はハラハラしながら弁当の蓋を開けた。
 ご飯の上には海苔で作ったパンダさん。
 それから厚焼き卵、タコさんウィンナー、サラダ。
「んだよこれ、小学生かよ・・・」
「ご、ごめんね、黒川くんの好み、分からなくて・・・」
 黒川くんがこれまで食べていたものといえば、学校のパンか、マッグのハンバーガーくらいしか思い浮かばない。
「あの、これお箸、使って」
「・・・・・・」
 露骨に嫌な顔をされた。
 ピンクのファンシーな箸だったからかな。
 でも、このお弁当箱に入るのは、これくらいしかなかったから。
 黒川くんは、箸を受け取らずに、厚焼き卵を掴んで食べた。
「・・・甘ぇし、俺には合わねぇ」
「う・・・」
「自分で食えよ」
「で、でも、せっかくだし」
「あーそうだ」
 黒川くんはおもむろにスマホを取り出すと、カメラで弁当を撮った。
 どこかに投稿する気なのかな・・・。
 ・・・・・・
 後日、その内容が判明した。
 クラスメイトの雨野さんに教えてもらったから。
 黒川くんのアカウントには、その日、写真付きの投稿がしてあった。
『彼女の手料理(笑』
 ・・・さすがに傷ついた。

 でも。
 どこかで「自分が悪いんじゃないか」とも思っていた。
 正直、私は鈍臭いし、成績も良くない。
 黒川くんみたいに、かっこよくて頭もいい人から見たら、そういう風に感じるのかもしれない。
 ちゃんと見てもらうには、もっと頑張らなきゃいけないのかな。
 そんな風に悩んでいたとき。
 相談に乗ってくれたのは雨野沙織(あまのさおり)さんだった。

 雨野さんはもともと、私にとってはライバルのような存在だった。
 雨野さんは黒川くんに思いを寄せていたから。
 でも。
 私を応援してくれたのも雨野さんだった。
 ちょっと意地悪なところもあったけど、私の気持ちをちゃんと理解してくれた。
「・・・というわけなんだけど」
「あのね小春」
 私が悩みを打ち明けると、雨野さんは私の目を覗き込んで言った。
「いい? そういう時は正直に気持ちを言わなきゃダメよ」
 そうアドバイスしてくれた。
 私なんかが言っても聞いてくれない、とも思ったけど。
 でも、彼女の言葉は私に勇気をくれた。

 ある時、私は黒川くんに言った。
「もう少し、私のことも見て欲しいの」
「かまってちゃんとか、マジでウザいんだけど」
 黒川くんは一蹴した。

 一緒にゲームセンターに行ったときのこと。
 その日はデートだと思っていたけど、黒川くんは違ったみたいで、友達を連れてきて楽しそうにゲームをしていた。
 放って置かれた気分になった。
 私は言った。
「仲間外れにされてるみたいに感じるの」
「俺がいるんだから別にいいだろ」
 その日も聞いてくれなかった。

 でもやっぱり、私に原因があるんじゃないかと思っていた。
 私ははっきりものを言うことができないから。
「あのね、黒川くん」
「んだよいつもいつも、何して欲しいんだよ、お前は」
「あの・・・その・・・」
 場に流されて、言葉を濁して、結局。
「・・・ううん大丈夫、なんでもないの」
 そう笑って過ごしてしまうところがあった。

 もっとはっきり言わなきゃダメだ。
 私は黒川くんと直談判することにした。
 一人では不安だったから、雨野さんに一緒に来てもらった。
 暗くならないように、明るい雰囲気のファミレスを選んだ。
『黒川くんの接し方に傷ついている』
『もう少し優しく接してもらいたい』
『意見も聞いて欲しい』
 そう私は言った。
 黒川くんがだんだん苛立っているのが伝わってきて、すごくヒヤヒヤした。
 私が弱気になると、雨野さんがフォローしてくれた。
 でも。
 とうとう黒川くんは怒鳴るようにして言った。
「そんなに俺が嫌なら別れればいいだろ!」
「そ、そんなこと言ってないよ! 私はただ、もう少しだけ・・・」
 私はうろたえた。
 嫌いなんて一言も言っていない。
 むしろ・・・好きなのに。
 だけど、黒川くんは矢継ぎ早に叫んだ。
「俺が不機嫌だの、ぶっきらぼうだの、言葉が悪いだの! 俺のどこがそんなに気に入らないんだ!!」
「違うよ! そうじゃない・・・そうじゃなくて・・・」
「なにが違うんだ? 黙って聞いてりゃこれだ! 雨野まで連れて来て、言いたい放題言って、つまりそれがお前の本心ってわけだ、違うか?」
「違わないけど・・・そうじゃないの、私は」
 はっきり言わなくちゃいけなかった。
 でも。
 それは誤解なの。
 私が言いたいのはそう言うことじゃなくて・・・。
「いや、いい」
「え」
 黒川くんは急に声を鎮めて、言った。
 やっと分かってくれたのかな。
 でも、私の思いは届かなかった。
「お前とは別れる」
「・・・・・・え」
「お前がそんなに面倒くさい奴だとは思わなかった」
 黒川くんは捨て台詞のようにそう言って、店を出て言った。
 私の言葉も、雨野さんの制止も無意味だった。
 彼は自分の分のお金だけをテーブルに置いて、去っていった。
 私は言葉も出せずに、俯いていた。
「・・・・・・」
 こんなことって・・・。
 ・・・黒川くん。
 ・・・・・・ひどいよ。

 数日後。
 私は心にぽっかり穴が開いたような気持ちのまま過ごしていた。
 あれから黒川くんからの電話やメールは一切ない。
 そしてようやく、現状を理解できるようになった。
「私、黒川くんと別れたんだ」
 涙が溢れてきた。

 それからしばらく経ったある日。
 バス停で雨野さんと偶然に会った。
 雨野さんは流れる雲を見ながら言った。
「あのときはさ、うまくフォローできなくてごめんね」
「ううん、雨野さんがいてすごく心強かった」
 雨野さんが謝ることなんて、なにもない。
 心からそう思った。
 雨野さんは、優しい口調で言った。
「小春さ、黒川と本当に別れたんだね」
 やっと受け入れた事実。
 今でも深い傷跡が残っている。
 私はただ、頷いた。
「うん・・・・・・」
 すると雨野さんは明るく、私の背をポンと叩いて言った。
「ま、元気だしなよ。またすぐにいい人見つかるって」
「そうかな・・・・・・」
 正直に言うと、まだそんな気にはなれなかった。
 失恋の傷は深い。
 今はまだ、誰かと恋をするなんて考えられなかった。
 話題を切り替えよう。
「雨野さんの方はどう?」
「どうって、なにが?」
「ほら、恭・・・柳葉くんと付き合ってるって」
 柳葉恭平(やなぎばきょうへい)くん。
 私と彼は幼馴染だ。
 幼い頃からずっと一緒に成長した。
 穏やかな人で、いつも優しく私を見守ってくれている、そんな人だった。
 そして半年前、雨野さんと付き合っているって言う話を耳にした。
 たしか私が黒川くんと付き合い始めたころのことだ。
 私はその話を聞いて、とても驚いた。
 でも、すごく、お似合いだとも思った。
 とても優しい二人だから。
 その後、二人はどうなったんだろう。
 雨野さんは目を丸くして聞き返してきた。
「・・・は? なにその話。どっから湧いて来たの?」
「え?」
 会話がすれ違っている。
 私はあたふたしながら説明する。
「だ、だってほら、雨野さん、SNSで、『私たち付き合ってまーす』って、顔は出てなかったけれど、あの人、柳葉くんでしょ?」
 ちぐはぐな言葉。
 でも、確かに見たのだ。
 それで、二人は付き合ってるんだって・・・。
「小春さ、あんまネットの情報鵜呑みにしない方がいいよ。・・・ネタ投稿で釣った私が言うのもなんだけど」
「え、どう言うこと?」
 私の知ったこと。
 雨野さんの言ってること。
 どこが、どういう風に組み合わさるのだろう。
 それを考えて・・・・・。
 それは、つまり。
「だからね、あれ、作り話」
「・・・・・・えぇ!?」
「・・・って言うかほんとに、騙されないでよね、ネタよネタ。はあー、小春が純真すぎて、私いま罪悪感半端ないんですけど」
 雨野さんは深いため息をついた。
 私は事実を飲み込めずにいる。
「本当に・・・付き合ってないの?」
「当たり前っしょ。あの後、柳葉にめっちゃ怒られたし。柳葉の怒った顔初めてみたし、ソッコーで削除させられたし」
「へ、へぇー、そうなんだ・・・」
 彼の怒ってる姿、イメージ全然湧かないなぁ。
 雨野さんは続けてこう言った。
「つかさ、柳葉の好きな人って・・・・・・あ、バス来た。じゃあ、またね。元気だしなよ」
「あ、うん。ありがとう」
 二人の会話はここでおしまい。
 私の乗るバスは次のバスだ。

(そういえば最近、恭くん見ないな・・・)
 恭くんと言うのは、柳葉くんのことだ。
 私と恭くんは幼馴染で、私は彼のことを「恭くん」と呼んでいた。
 そして彼は私のことを「小春ちゃん」と呼ぶ。
 恭くんとはいつも一緒だった。
 正確には、黒川くんと付き合う前までは、かな。
 彼はよく私を助けてくれた。
 幼い頃からずっとそうだった。
 転んで泣いているときには、絆創膏を貼ってくれた。
 教科書を忘れて泣きそうだったときも、私に教科書を貸してくれた。
 クラスメイトにからかわれていたときは、私をかばってくれた。
(いつも助けてくれたんだよね・・・)
 放課後や休日、よく一緒に遊んだ。
 いつも気づいたら、そばにいてくれた。
 幼稚園、小学校、中学校、高校とずっと続いてきた仲。
 ずっと続くものと思っていた。
 それが、最近ぱたりと会わなくなった。
 どうしてだろう。
 そして、それはすぐにわかった。
(恭くん、予備校に通っているんだ・・・)
 これは雨野さん情報だ。
 大学受験の予備校。
 いわゆる現役生予備校。
 高校に通いながら、放課後や休日に勉強する。
 だから放課後も休日も、会わなかった。
「大学か・・・」
 ふとそんな言葉が漏れた。
 気がつけば、もう高校3年生になっていた。
 周りの人たちは、自分の進路に向けて進み出していた。
 私が黒川くんと付き合ったり別れたり傷ついたりしているうちに・・・。
(私は、どうしたいんだろう)
 将来のことなんて、真面目に考えたことはなかったから。

 気分転換にと、高校の中庭でお昼を食べていると。
「小春ちゃん!」
 懐かしい声がした。
 二階の窓から手を振っている人がいる。
 恭くんだ。
 彼は『ちょっと待ってて』と言って、それから急いだ様子で中庭まで降りて来た。
「小春ちゃん、なんか久しぶりだね」
「うん、そうだね」
 私が頷くと、恭くんは少し気まずそうに言った。
「あの、聞いたよ。黒川のこと・・・」
「あ・・・うん」
 もちろん、黒川くんと私が別れたという話だ。
 恭くんは、私たちのことを応援してくれていたから、心配してくれたのだと思う。
「・・・なんて言えばわからないけど、乗り越えられそう?」
 一生懸命言葉を選んでくれてる優しさが、嬉しい。
 だからこそ、心配かけたくない。
「・・・・・・うん、なんとか、えへへ」
「そっか、よかった」
 無理して笑ったけれど、多分、恭くんは気づいている。
 私がまだ、引きずっていることに。
「でも、つらいことがあったら、なんでも言ってね」
 ほら、ね。
「うん・・・・・ありがと」
 なんだろう。
 心の中があったかくなる、この感じ。
 傷ついていたところに、優しくされたからかな。
 ううん、違う。
 きっと私は、ずっと前からこの気持ちを持っていたんだ。
 小さい頃から、なんとなく私に寄り添っていた、この気持ち。
 そして。
 この気持ちの名前を、私は知っている気がした。
 でも。
 一度失敗したことだから、臆病になる。
 だから、私は話題を逸らした。
「私ね、勘違いしてた」
「うん」
 私が話すと、恭くんはちゃんと聞いてくれる。
 今はただ、それが嬉しい。
「恭くんと、雨野さんが付き合ってるって」
「うん・・・・・・へ!?」
 恭くんは素っ頓狂な声を上げた。
 予想外の話題だったらしい。
 彼は急にあたふたしだす。
「そ、それはないよ!! だって僕は、ずっと小春ちゃんのことが! あ、いや、その・・・・・・」
 そうかと思うと、急に黙ってしまって。
「・・・・・・その、なに?」
「その、僕は・・・ああ待って、なし、なし! これ、なし! ・・・こうゆうのは僕の役回りじゃないってば」
 そして、顔を真っ赤にして額を手で覆ってしまう。
 一体なにが、彼をそんなに動揺させているんだろう。
「くすくす」
 私は、その様子がおかしくて吹き出してしまう。
「笑わないでよ、小春ちゃん・・・」
「でも・・・くすくす」
 我慢すればするほど、おかしくて。
 涙まで出て来て。
 私は目尻を指で拭う。
 でもね、違うよ。
 たぶんね、嬉しいんだ。
 またこうして、恭くんと他愛もない話ができることが。
「あーーーもう!」
「うん、ごめんね」
 私が素直に謝ると、恭くんは手を振ってすぐにフォローする。
「あ、いいんだよ。べつに怒ったわけじゃないから」
「でも・・・」
 怒った顔も、見てみたいかも。
 なんて。
 言ったら困るかな。
 ・・・・・・
「怒った顔も・・・見てみたいかも」
 ・・・言ってしまった。
「っ・・・!」
 恭くんはさらに顔を赤くして、空を仰いだ。

 それから時々、恭くんと会うことが増えた。
 たぶん、私のことを心配してくれてるんだと思う。
 まだ、失恋から立ち直れたわけじゃないから。
「恭くん、予備校に通ってるんだよね」
「そうだよ」
「すごいなぁ」
「そうでもないよ」
 私が話したいことがあると言うと、すぐに予定を立ててくれる。
 今日も、予備校に行くまでの少しの時間を当ててくれた。
 きっと恭くん、すごく忙しいのに。
 それでも時間を作ってくれる。
 だから私は甘えてしまう。
 なんでも話してしまう。
 なんでも、聞いてしまう。
 ・・・とても、気になっていることも。
「行きたい大学とか、あるの?」
「あるよ」
「・・・どこ、かな?」
 もしも。
 もしも、同じ大学に行けたなら。
 もし、同じ進路を選べるのなら。
 幼馴染との、この暖かい時間も続くのかな。
 一緒に他愛もない会話をする、この幸せな時間が待ってるのかな。
 そんなことを願ってしまう。
「星城大学だよ」
 でも。
 そんな淡い期待は、とても脆くて。
「星城・・・」
 星城大学。
 聞いたことがある。
 全国でも指折りの難関大学だ。
 この学校からも毎年何人かは入ってるみたいだけど・・・。
 上位数名だけが通れる狭い門。
 学力平均以下の私には、到底登れない壁。
「・・・・・・」
 私は現実を突きつけられて、うなだれてしまう。
 恭くんと私とじゃ、行ける場所が違うんだ。
 行きたい場所も、違うんだ。
「・・・・・・そっか」
 そんな言葉しか出てこなかった。
 恭くんには散々助けてもらってきて、私は。
 薄情だな、私。
 私は、彼を応援してあげられないの?
 目標に向かって頑張っている、恭くんを励ませないの?
 本心を飲み込んで、一言を絞り出そうとする。
 いつも助けてくれて、ありがとうね。
 私のことは、もう大丈夫だよ。
 もう、私のこと心配しなくてもいいよ。
 私は私の道を、ちゃんと選ぶから。
 だから、心配しないで。
 恭くんならきっとできるよ。
 恭くんと一緒に成長してきたから、言えるんだよ。
 今まで本当に、ありがとう。
 でも。
 だけど。
「・・・・・・頑張ってね」
 心の葛藤とは裏腹に、出て来たのはそんな言葉だけだった。
「ねえ、小春ちゃん」
 恭くんは静かに言葉を紡いだ。
 彼は優しい眼差しで私を見て、こう続ける。
「覚えてるかな? まだ幼かった頃、将来の夢の話をしたよね」
「えっと・・・」
 いつの話だろう。
 小学生の頃の話だろうか。
 それとも、幼稚園・・・?
「僕は覚えてるんだ。僕は天文学者になって、まだ誰も見たことのない星を見つけるんだって言った」
「あ」
 思い出した。
 あれは、いつも二人で遊んでいた公園でのこと。
『ぼく、しょうらい、てんもんがくしゃになるんだ』
 幼い日の恭くんは言った。
 そう。
 あのとき。
 あの日、お母さんの迎えが遅かったんだ。
 私は泣きそうで。
 恭くんはお母さんが来るまで、一緒に残ってくれて。
 お気に入りのブランコで、私の背を押してくれて。
 夕日に照らされた街の上。
 いちばん星を指差して、彼は言った。
『ぼくはいつか、まだだれもみたことのない、ほしをみつけるんだ』
 そうだ。
 恭くんは星が大好きで、星を調べる天文学者になりたいとよく言っていた。
「その時、約束したよね」
 高校生の恭くんの声。
 彼はこう続けた。
「最初に見つけた星に、小春ちゃんの名前をつけるって」
 そんな話をした気がする。
 幼い恭くんがまっすぐ私を見て、約束してくれた。
『そしたら、そのほしに、”こはる”ってなまえをつけるから』
『こはる・・・わたしのなまえ?』
『そうしたら、そのほしは、こはるちゃんのほしなんだよ』
『・・・うん!』
 幼い恭くんの言っていたこと。
 夜の空に瞬く無数のきらめきの中に。
 たくさんのきらめきの隣に、私の星が輝く。
 よく分からないけれど。
 今でも、どうしてか分からないけれど。
 そんな未来を想像したら、心にあった不安がふっと消えて。
 きらきらしたものが胸に降りて来たような。
 そんな気がした。
「だからね、それを叶えられたらなって・・・そう思ってたんだ」
「そうだったんだ」
 恭くんの叶えたい夢。
 それは小さい時の私との約束で。
 彼の目指す大学も、きっと星を専門に学ぶ場所で。
 私にはそんな純真な恭くんが、すごく眩しく見えた。
「将来の夢のこと、押し付けるわけじゃないけれど」
 彼はすごく優しい口調で言った。
「僕が今まっすぐに将来を目指せているのは、小春ちゃんのおかげなんだよ」
「そんな・・・私は」
 そんな大それたことはしていない。
 でも。
「小春ちゃん、ありがとう」
 そう言ってくれて、嬉しかった。
 眩しいな。
 私も、そんな風に生きて見たいな。
 私は幼い頃に、どんな将来を夢見てたんだろう。
 きっと夢みてた未来があったはず。
 確か、あの時、あの公園で。
 私も将来の夢を言った。
 なんて言ったんだろう。
 確か・・・。
 確かそれは・・・。
『小春ちゃんの夢はなあに?』
 幼い日の恭くんの声。
 その純粋な瞳に向かって、私はなんと言ったのか。
 私の胸の中に抱いていた、まっすぐな想い。
 それは・・・
『わたしはね、うーんとね、恭くんのおよめさ・・・』
「あーーーー!!!!!!」
 ストーーーップ!!
 止まるんだ、私の回想。
 それ以上進んだら、私は、私はっ!
「ど、どうしたの!?」
「どどどどどうもしてないよ?? わたしは元気だよ?」
 私の混乱ぶりに、恭くんの発言が暴発して、違う、暴発しているのは私だ!?
 まさかまさか、私の夢ってまさかのまさか!
「な、何かあったの?」
「なななな何も?? 天気がおいしいね!!!」
「あの、小春ちゃん? 大丈夫?」
 落ち着け私!!!
 そう落ち着くのよ、小坂小春。
 こういう時は羊を数えて、一匹二匹三びき・・・。
 って、ちがーーーう!
「そ、それより!! それより恭くん!!」
 声が裏返る。
 無理矢理にでも、話題を変えねば!
 ・・・
 ・・・・・・
 でも!!
 その前に!!!
 かか確認しなくてはいけないことがあるわけで!!!
「はい!」
「わたしの! わわわたしの将来の夢っ!! 覚えて、まさか覚えて、いない・・・よ・・・・・・ね?」
 竜頭蛇尾。
 勢い余って出て来た言葉が尻すぼみになる。
「小春ちゃんの夢・・・・・・えーと? 待ってね、今思い出すから」
「覚えてないならそれでいいの!!!」
 飛ぶ鳥を落とす勢いで止めた。
 ギリギリセーフッ!!
 間一髪。
 一番恥ずかしい思い出を晒すところだった。
 それにしても今の私。
 乙女の嗜みというものを、完全に忘れていた。
 私は身だしなみと呼吸を整えて。
「恭くん」
「うん」
 そして、こう尋ねた。
「今、好きな人、いる?」
「はいいぃ!?」
 次に仰天したのは、恭くんだ。
 そんなに驚くこともないのにな。
 でもね。
 もし、ね。
 恭くんに好きな人がいなければ。
 私の幼き日の夢を叶えることも不可能ではないわけで・・・。
「いる? いない?」
「なんというか、その・・・」
 恭くんはもごもごと言葉を濁した。
 視線をそらして、顔を真っ赤にして。
 そして。
「今は、言えない、というか・・・」
 ごにょごにょと、そう言った。
 それから、こう続けた。
「でも! 進路がちゃんと決まったら、そうしたら、その時は・・・その時は、ちゃんと言うから」
 恭くんは私の幼馴染で。
 ずっと一緒に成長して来て。
 なんでも言って来た仲で。
 だから。
 その時は。
 その時は私も。
 私も、幼い時の夢を、そっと教えてあげようと、思うのだ。