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最終更新: 2017年8月2日
更新回数: 6回

なでしこ!

目次

登場人物

白井今(しろいいま)

白井今

  • 年齢:16歳
  • 身長:147cm

基本的に何にもできない女の子。家事も運動も人付き合いも苦手で、とにかく何にもできない。かろうじて電子レンジは使える。普段着はTシャツ+ハーフパンツで、おしゃれには無関心。自分からは外出しないので、引きこもりがち。思ったことを口にするタイプだが、人見知りをするので、親しい人としか話せない。

芹川悟理(せりかわさとり)

芹川悟理

  • 年齢:17歳
  • 身長:162cm

おしゃれに妥協しない女の子。はっきりと自分の意見を言うタイプで、ときに融通が利かないこともある。人におせっかいを焼くことが多く、それが原因で衝突することもしばしば。基本的にわがままだが、割と面倒見がいいところもある。一歳年上の兄がいる。

齋藤春菜(さいとうはるな)

齋藤春菜

  • 年齢:17歳
  • 身長:164cm

家事を完璧にこなす女の子。優しい性格で、みんなに頼られている。その反面、人に頼ることが苦手で、いろいろなことを一人で背負い込んでしまいがち。誰かに甘えたいと思っているが、頼れる人がいないのが悩み。じつは近眼、メガネはしない。稀に想像以上に抜けている一面も見せる。

夕永あさひ(ゆうながあさひ)

夕永あさひ

  • 年齢:16歳
  • 身長:155cm

スポーツが得意な女の子。ほわほわした性格。他人想いで、思いやりがある。勉強や家事は苦手。押しが弱いところがあり、自分の意見をはっきりと言ったり反論したりはできない。また、あまり難しいことは覚えられず、意外と泣き虫である。

高野種菜(たかのしゅな)

高野種菜

  • 年齢:15歳
  • 身長:152cm

突飛な行動が目立つ女の子。中学三年生。情報部に所属している。カメラが大好き。甘え上手だが、一般的なコミュニケーションは成り立たたない。後先を考えずに突き進むことがよくある。好きなことをして遊んでいることが多い。

岩田鈴(いわたすず)

岩田鈴

  • 年齢:5歳
  • 身長:110cm

いつも明るく振る舞う、健気な子。幼稚園に通っている。つらいことがあっても前向きで、とても我慢強い。表には出さないが、両親が忙しいため寂しく感じている。齋藤たちをお姉ちゃんと呼んで慕っている。

保住香(ほずみかおる)

保住香

  • 年齢:28歳
  • 身長:???cm

穏やかな性格の女性。養護教諭。白井たちのことを暖かく見守っている。生徒想いではあるが、なかなか理解してあげられないのが悩みである。鈴ちゃんの遊び相手になっている。

第1話 今はカップ麺が作れない

 白井今は眉をひそめた。
 容器の中には、固形の麺と粉末スープと「かやく」が入っている。
「・・・困りました」
 彼女はついに立ち上がり、玄関の棚にある電話の受話器を手に取った。
 それから何人かに電話をかけ、こう伝える。
『カップラーメンが作れないのです。助けてください』

 送信してから二十分ほどして、三人の女子がやって来た。
 齋藤春菜、芹川悟理、夕永あさひの三人である。全員が白井の友人であった。
 白井は三人をキッチンに招いてこう言う。
「これらは砕いて食べるものでしょうか」
 すぐに夕永が答えた。ショートヘアの彼女は、小柄だが白井よりは背が高い。
「ポリポリ食べられるよ」
「薄味ですよね」
「うん」
 白井と夕永はお互い、料理がとりわけ苦手であった。
「あんたら、何の話をしてるわけ?」
 会話を遮ったのは芹川であり、倦怠感の伴った口調でこう続けた。
「どれだけ料理できないのよ」
「失礼ですね。私も電子レンジくらいは使えます」
 白井は少しむっとして反論した。そしてカップ麺を指してこう言う。
「しかし困ったことに、これだけは温まらないのです」
「当ったり前じゃん」
 芹川は呆れたように答える。彼女は人並みに家事をこなすことができた。
 夕永がそれに答えてこう言う。
「お醤油をかけるとおいしいよ」
「それは名案です」
 白井は同意して言った。
「どう考えたらそう繋がるのよ」
 麺を砕いて食べる方向で話を進める白井と夕永に、芹川が再び異論を挟む。それから黙って話を聞いている女子に向かって会話を振った。
「春菜もなにか言ってやってよ」
「・・・・・・え」
 齋藤は少しの沈黙の後に反応した。四人の中で最も料理上手なのは彼女である。
「どうしたの、固まってるわよ」
 彼女は終始ほほえみを絶やさずにいるが、ときおり目を泳がせていた。その様子を見た芹川は、納得したように続けてこう言う。
「ま、驚くのも無理ないわね。この子ら、カップ麺も作れないなんて」
 それから芹川は向き直り、白井に言った。
「手本を見せてあげるから、作り方くらい覚えなさい」
「それはとてもありがたいです」
 白井は期待のこもった口調で答えた。次いで芹川は振り返って齋藤に軽い口調で言う。
「じゃ、お願いね。春菜」
「ちょっと待って」
 唐突に話を振られた齋藤は、困惑したようにこう主張する。
「その流れだと私が教えてしまうことになってしまうのよ」
「なにそれ春菜、言葉が可笑しいって」
 芹川はクスクスと笑いながら言った。白井と夕永は意味をつかみかねているような表情をしている。芹川はさらに言った。
「なってしまって構わないわよ。できるでしょ?」
 齋藤は芹川の言葉を聞いて諦めたような表情をした。それから背中のリボンを結び直して、こう言った。
「どうなっても知らないから」
「大丈夫だって。春菜が料理上手なのはみんな知ってる」

 齋藤春菜は料理上手である。
 彼女は普段からエプロンを着ており、料理の邪魔にならないようにと、髪をカチュームというヘアバンドでまとめていた。
 齋藤はまな板を持ってきてテーブルの上に置いた。次いで包丁を握る。
「ちょっと春菜、どうして包丁なんて用意してるのよ。ネギでも入れるつもり?」
 芹川がそう尋ねた。齋藤はそれを聞いて、慌てた様子で包丁をまな板の脇に置く。それから気を取り直してピーラーを手に取った。
「そ、そうね・・・・・・包丁は変よね」
「言いながらなんでピーラー用意してるのよ」
 齋藤はそのように指摘されて、すかさずピーラーをまな板の上に置いた。それから彼女は再び気を取り直し、小麦粉を手に取りこう言った。
「これは違うの。まずは小麦粉を使うの」
「・・・・・・どうしてカップ麺に小麦粉なのよ」
 芹川の呆れたような言い方に、齋藤はさらに焦った様子で小麦粉の袋をテーブルの上に置いた。それから、今度は骨付きの鶏肉を持ってきて、伺うようにこう言った。
「待って。わかっているわ。鶏肉よね」
「鶏肉? まあ入れてもいいと思うけど」
 齋藤はほっと息をついて、さらに続けた。
「それから骨を煮るのね」
「なんでよ」
 芹川は横槍を入れつつ苦笑する。彼女は齋藤がおどけているものと考えていた。白井と夕永は二人の会話をまじめに聞いている。
 芹川は続けてこう言った。
「とりあえず中に入ってる物を出したら?」
「それもそうね」
 齋藤はそう答え、手際よくキッチンペーパーを広げる。次いでカップ麺の中身をその上に取り出した。粉末スープとかやくと麺が出てくる。それを見て芹川はこう聞いた。
「麺まで出しちゃうの?」
「これは間違い、間違いよ。まずは、まな板に小麦粉をひくの」
「だからなんで小麦粉なのよ」
「そ、そうよね。普通は片栗粉をまぶして」
「違うでしょ」
 芹川は訝しそうな表情をする。再び齋藤は、包丁に手を伸ばしてこう言った。
「とりあえず、麺を切り分けて」
「食べやすくするわけね」
「それから小麦粉を入れるの」
「だからなんで小麦粉が出てくるのよ」
 そのように言った芹川は、何かに思い当たったような表情をしてこう尋ねた。
「まさか、春菜もカップ麺を作ったことがないの?」
「・・・・・・」
 齋藤は黙ってこくりと頷いた。芹川は驚き、齋藤の顔をまともに見つめて言った。
「嘘でしょ」
「うぅ」
 齋藤はうなだれて脱力した。それからこう続ける。
「これでもラーメン、作ったことがあるのよ」
「知ってるわよ。春菜の手打ちラーメン、食べたことあるから」
 芹川は額に手をあて首を振った。
「それが作れて、どうしてカップ麺を作れないのよ」
「だって、固形の麺なんて見たことないもの」
 齋藤はいじけて言った。
 そのとき、しばらく無言で見ていた白井が口を開いた。

「どうか、あきらめないでください」
 それから白井は齋藤に近づいて、彼女の手を両手で握り、さらにこう言った。
「春菜さんなら、きっとできます」
 夕永もそれに同意してこう言った。
「そうだよ。春ちゃん料理上手だもん」
 白井は続けてこう言う。
「春菜さんは私の目標なのです。春菜さんが作れなくて、どうして私に作れるでしょうか」
「今ちゃん・・・・・・」
 齋藤は手を握り返してつぶやいた。芹川はその様子を見て、感心したようにこう言う。
「ずいぶんと春菜のこと尊敬してるのね」
「そうです」
 白井は肯定した。それから皆の方に向き直り、こう告白する。
「私は料理が作れません。運動もできませんし、おしゃれもできません。自分にできないことのできる皆さんは、私にとって本当に眩しく、そして憧れなのです」
 齋藤はその言葉を聞いて微笑み、それから小さく首を振りながらこう言った。
「できないこともたくさんあるのよ」
 白井はそれに答えて、きっぱりとこう言った。
「知っています。でも、私たちは友達です。成功も失敗も分かち合うことができます」
「一緒にがんばろうよ」
 夕永が付け加えて言った。それから齋藤は、二人の手を取りこう言う。
「ありがとう。今ちゃん、あさひちゃん。もう一度やってみるわ」
「応援します」
 白井はそのように言い、次いでこう尋ねた。
「以前はどのようにラーメンを作ったのですか」
「そうね。まず小麦粉とベーキングパウダーを水でこねて麺を作ったわ」
 齋藤は麺をこねる身振りをしながら言う。それを聞いて、白井はこのように提案した。
「それをカップ麺で再現できないでしょうか」
「なるほど。水でこねるのね」
 齋藤は言った。それを聞いていた芹川がこう言った。
「水を差すようで悪いけど、それはなしね」
「なぜですか」
 白井は反発して言った。芹川は答えてこう言う。
「失敗するからよ」
「やってみなければ分からないです」
 さらに白井は反論する。それを見た齋藤は、場を和めるようにこう言った。
「ここは経験者の意見を尊重して、別な方法を試してみましょう?」
「春菜さんがそう言うなら」
 白井は納得がいかないような様子だったが、そのように応じた。そして続けてこう尋ねた。
「では、他にどんな調理方法があるのでしょうか」
「油で揚げる、というのはどうかしら」
 齋藤のその言葉を聞いて、白井はこうつぶやいた。
「揚げる、ですか・・・・・・」
 そして何かに思い当たった様子で、このように言った。
「カップ麺は揚げ麺、とも言いますよね」
「そうね」
「そう考えると、カップ麺を揚げるというのは自然な流れだと思います」
「なるほど。説得力があるわね」
 齋藤は相づちを打った。それを見た芹川がこう言った。
「それもなしね。油を注ぐようで悪いけど」
「なぜですか。これも失敗するからですか」
 白井は再び反発する。しかし芹川は否定して言った。
「それだと揚げ焼きそばになるからよ」
「そうですか、それは困ります」
 そう答えて白井は押し黙った。春菜も困ったようにこう言う。
「水でも油でもないなら、いったいどうやって」
「きっと焼くんだよ」
 夕永が言った。続けて白井も意見を述べる。
「凍らすのはどうでしょう」
 次いで春菜が提案して言った。
「蒸すのはどうかしら」
 すると夕永が春菜にこう質問する。
「蒸すってなあに」
「煙でもくもくにすることです」
「煙じゃなくて、湯気ね」
 芹川がすかさず訂正した。代わりに答えた白井は芹川にこう尋ねる。
「同じではないのですか」
「違うわよ。それから、焼くのも凍らすのも蒸すのも、全部間違ってるから」
 芹川は念を押してそう言った。
「もしかして、漬けるのかしら」
 齋藤が独り言のようにつぶやく。それに気づいた白井がこう言った。
「それです」
「何が分かったのよ」
 芹川が白井に対して疑うようにして質問し、白井はこう答えた。
「それはつまり、つけ麺ということですね」
 すると、すぐに夕永が興味を示してこう尋ねる。
「なにをくっつけるの」
「味噌をつければ味噌ラーメン、塩をつければ塩ラーメン、というわけですね」
「全然話が噛み合ってないじゃない」
 芹川は話を妨げるように言った。

「もう思いつかないわ、煎じるのかしら」
 齋藤が自分の考えに見切りをつけて言うと、夕永が再び興味を示してこう言った。
「煎じるってなあに」
「みそ汁の類だと思われます」
 白井がすぐに答えて、さらにパンを浸す仕草をしながらこう説明する。
「麺を浸すためのラーメンスープのことでしょう。西洋でもスープにパンを浸して食べるではありませんか。その要領です」
「どうひねったらそんな発想が出てくるのよ」
 芹川がけだるい様子でそう言った。それから観念したように小さく笑みを浮かべてこう続ける。
「でもまあ、煎じるっていうのと合わせれば、百歩譲って正解ってことにしてもいいかな」
「正解ですか」
 白井は目を見開いて言った。何度かまばたきをして、喜びの表情を浮かべる。それに対して芹川はこう付け加える。
「ちなみに煎じるっていうのは、煮つめて成分を出すって意味だから覚えておきなさい」
 それから芹川はこう言った。
「じゃあ、あたしが作るから見ててよね。春菜も」

「作り方は、お湯を注ぐ。それだけよ」
 芹川はそう言って、 カップ麺にポットからお湯を注ぐ。
「お湯ですって」
  すぐに反応を示したのは春菜である。それから夕永がこう尋ねた。
「お湯って、どこで買うの」
「シャワーから出るではありませんか」
 白井の答えに対して、春菜がこう答えた。
「お水をポットに入れて、沸騰させるのよ」
 それから続けてこう言う。
「でも本当にこれでラーメンができるのかしら」
「恐らくさっき入れた粉がヒントですね」
  白井は粉末スープを見て言った。夕永が身を乗り出しつつ、楽しそうにこう言う。
「わくわくするね」
「べつに手品やってるわけじゃないんだから。ほら、ほかのカップ麺も同じくやりなさい」
 芹川はそう促し、白井たちは他のカップ麺にも同じようにお湯を注いだ。それから続けてこう言う。
「じゃあ、三分待つわよ」
「待ってるだけでいいの」
 夕永が心配そうに質問した。芹川は苦笑しつつこう答える。
「待ってるだけでいいのよ」
 それから四人はカップ麺が出来上がるまで三分待つ。
 そして、ついに芹川は言った。
「はい、三分たったわよ。温かいうちに食べましょ」
 白井たちは顔を見合わせて、次いで声をそろえてこう言った。
「いただきます」
 それから四人は、無事に完成したカップ麺を仲良く食べるのであった。

第2話 今はおしゃれになれない

「なぜですか」
 白井は不服そうに言う。それから続けてこう弁明した。
「このティーシャツは着心地がいいのです」
 白井は口をへの字に曲げて、自分の服を指す。その普段着は、使い古されて伸びきったティーシャツと裾がよれよれになったハーフパンツであった。
「せめてよそ行きは別にしなさいよ」
 芹川悟理がこう言った。芹川は白井の友人である。また、彼女は非常におしゃれであり、頭から足に至るまで徹底したファッションを貫いていた。
 それに対して白井が真顔で答えてこう言った。
「これしかないのです」
「・・・・・・冗談でしょ」
 芹川は耳を疑うような表情をする。それからこう尋ねる。
「いつも何を着て生活してるのよ」
「同じものを二つ持っているので、それらを交互に着ているのです」
 白井は身振りを交えて説明した。芹川はさらにこう問い出す。
「じゃあ残りの服はどうしたのよ」
「春菜さんに洗濯してもらっています」
 白井が答えると、芹川はため息をついてこう言った。
「いろいろと言いたいことはあるんだけど」
 次いで芹川は、自分の着ていた薄手のカーディガンを取って白井に差し出した。
「今日はこれを羽織ってなさい」
「いいのですか」
 白井が意外そうな表情をして言う。芹川はこう説明する。
「今日は服を買いに行くんだから、少しは気を使いなさいよね」
「そのことですが」
 白井が小さく手を上げて言い、続けてこう主張した。
「わざわざ買わなくても、そんなに困っているわけではいないのです」
 彼女はとりわけ服装に無頓着であった。芹川はそれに答えて言う。
「今ちゃんがよくても、あたしが困るの」
「そういうものでしょうか」
 白井は納得しきらないような表情で言う。芹川はこう付け加えた。
「きちんとした服は、家や食べものと同じくらい大切よ」
 それに答えて、白井は言った。
「でも、私にはおしゃれのセンスが全くないのです」
 すると芹川は答えてこう言った。
「だったら、あたしが教えてあげるから安心しなさい」
「それはとてもありがたいです」
 白井は期待の伴った表情で言った。
 それから白井と芹川は家を出て、他の二人と待ち合わせをしているデパートに向かった。

 駅の西口には像が立っており、齋藤春菜と夕永あさひはそこで待ち合わせをしていた。芹川はそこで二人を見つけ、手を振った。齋藤はそれに気づいて微笑み、近づいてきてこう言う。
「おはよう、今日もおしゃれね」
「そう?」
 齋藤が褒めると芹川は嬉しそうに言った。齋藤はさらに付け加える。
「いつも素敵だなって思ってるのよ」
「ありがと」
 芹川はお礼を言うと、胸につけていたアクセサリーを見せてこう言った。
「これも可愛いでしょ」
 それに対して、齋藤の後ろにいる夕永が顔を出して言った。
「わあ、ちょうちょだ」
「元はバレッタだったんだけどね。可愛いからブローチにしちゃった」
 芹川はそう説明した。それを見ていた白井が会話に混ざり、こう質問する。
「違いがよく分からないのですが」
「バレッタは髪飾り、服の飾りがブローチね」
「なるほど」
 白井は、芹川の説明に納得して言った。それから芹川は夕永を見て、その身につけているアクセサリーに気づいてこう言った。
「あさひもペンダント似合ってるじゃん」
「そうかな」
 夕永は照れたように答えた。それから彼女は星をつまんで、芹川たちに見えようにする。
「それ手作りよね。自分で作ったの?」
 芹川の質問に夕永はこう答えた。
「ううん。もらったの」
 彼女は、はにかんだように笑った。
 それから芹川はこう言った。
「ここで立ち話するのもなんだし、とりあえず入ろっか」
 白井たちは芹川に促されるようにしてデパートに入った。

 ファッションのフロアは三階にあった。フロアは区画ごとに分かれており、それぞれの店舗に洋服が並べられている。
「どれも同じに見えます」
 白井は途方に暮れたようにこう言った。それから彼女は一つのラックに近づき、こうつぶやいた。
「これでは選びようがないです」
「頭で選ぼうとしてるからでしょ」
 芹川が近づいて言った。続けてこう言う。
「洋服は、手で選ぶものなのよ。頭はあとで使うんだから、今は感覚で選びなさい」
「どういうことですか」
 白井は振り返って尋ねた。芹川は例え話をして、こう説明する。
「レストランだって、文字しかないメニューだったら選びようがないでしょ?」
「そうですね」
 白井は頷いた。芹川は説明を続けてこう言う。
「洋服もちゃんと見ないと選びようがないの。眺めてるだけじゃ、誰だって圧倒されるわよ」
 次いで芹川は、その方法を実際に示してみせた。ハンガーを寄せて、ラックにある洋服を一着ずつ確認する。白井はそれを真似して同じようにした。
 それから白井は手を止めて、芹川たちにこう告白する。
「じつを言うと、種類が全くわからないのです」
「服の種類はね、この三つを覚えとけば大丈夫よ」
 芹川はそう言って、三本指を立てた。こう説明する。
「上がトップス、下がボトムス、繋がってるのがワンピース」
「いまいち分からないです」
 首を傾げる白井に対して、芹川はこう補足した。
「ティーシャツはトップスで、ハーフパンツはボトムスよ」
「なるほど」
 白井が頷いたのちに、齋藤が会話に加わってこう質問した。
「今ちゃんの服のサイズは何号だったかしら」
「その号というのは何でしょうか」
 それに対して白井は尋ねて言った。齋藤は答えてこう言う。
「大きさに番号が割り当てられてるのよ」
「なるほど」
 それから白井は、先の質問に答えて言った。
「私には、サイズがわからないです」
「今ちゃんは7、9号ってところじゃない?」
 白井に代わって芹川が答える。それを聞いたのち、白井はフロアを見渡してこう言った。
「その番号のものを探すのですね」
 それに対して、芹川は断言してこう言う。
「今ちゃんなら何でも着れるから、気にせず選んじゃいなさい」
「そうなんですか」
 驚く白井に、齋藤が同意してこう言う。
「大きな声では言えないけど、小柄はおしゃれに有利なの」
「どうしても大きいときは春菜が仕立ててくれるわ」
 芹川は付け加えていった。すると夕永が目を輝かせてこう言う。
「春ちゃんすごい」
「えへん。お姉さんにまかせなさい」
 齋藤は茶目っ気たっぷりにそう答えた。

「ところで、さっきの話なのですが」
 白井が芹川に尋ねて言った。
「何の話してたっけ」
「トップスとかボトムスの話です」
 思い出そうとする芹川に、白井が言う。芹川は白井に合わせて言った。
「なにか知りたいことがあるの」
「上下の組み合わせはどうやって選ぶのですか」
 白井がそう言うと、芹川は笑みを浮かべて彼女を褒め、こう言った。
「いい質問ね」
 それから続けて、こう答える。
「二点セットのを買うのが安くて簡単ね」
「なるほど」
 芹川は白井が頷いたのを確認して、さらに続けた。
「それからあたしの場合だけど、まずはテーマを決めるといいわ」
「テーマですか」
 白井が考えるような顔をして尋ねる。
「何でもいいの。ロンドンの街角とかね」
 芹川は軽い口調で答えた。
「わたしには難しそうです」
 ため息を着いて白井が言った。それを見た齋藤が話題を変えるように、こう言った。
「悟理ちゃんは、英国風のデザインが好きよね」
「そうよ」
 芹川はそう言って肯定し、こう熱弁する。
「いろんなおしゃれを巡り巡ってやっとたどり着いたのが、18世紀のアンティークドレス」
「すごかったものね、お洋服選び」
 齋藤が微笑んで言った。芹川は思い返したような顔をして、拗ねた口調でこう言う。
「だっていいのが全然なかったし、結局見つからなかった」
「知ってるお店、ほとんど行ったんじゃないかしら」
 思い出を話す齋藤に、芹川は結論して言った。
「つまり、中途半端じゃダメってことよ」
「話がよく分からないですが」
 そのように言う白井に、芹川はこう指摘する。
「今ちゃんは服を無難に決めすぎなのよ」
 すると夕永が会話に加わり、白井を弁護してこう言った。
「でも、今ちゃん可愛い服着てるよ」
 その言葉に白井が自ら答えてこう言った。
「これはあたしが貸した服なのよ」
「そうなの?」
 夕永は、白井と芹川とを交互に見て、そう尋ねた。
「だってこの子、同じのしか着ないから」
「私はティーシャツのままで構わなかったのですが」
 白井と芹川はそう説明した。それから芹川は、白井に再びこう言う。
「無難はおしゃれの敵よ。おしゃれには勇気が必要なのよ」
 それを聞いた白井は、自信無げにこう尋ねた
「私でもおしゃれになれるのでしょうか」
「おしゃれはね、なりたい自分があれば誰だってできるのよ」
 芹川は凛とした表情でそう答えた。
「そうなのですか」
「そうよ」
 白井の問いに、芹川は念を押して答えた。

「また質問なのですが」
 しばらく洋服を選んでいた白井は、芹川のもとに戻ってきて再び尋ねた。芹川は胸を叩いて、こう言う。
「何でも聞きなさい。質問するのは大切よ」
 そこで白井は尋ねてこう言った。
「さっき、頭を使うのは後と言っていました。いつ使うのでしょうか」
「よさ気な服が見つかった教えてあげるわ」
 芹川がそのように言うと、白井がこう答える。
「見つかったのですが」
「ずいぶん早いわね」
 芹川は本気で驚いて言った。白井はこう返答する。
「悟理さんのアドバイスのおかげです」
 それを聞いた悟理は喜び、それから指を二本立ててこう説明した。
「じゃあ次は、お金は足りるか、本当に着るか頭を使って考えるの」
「なるほど」
 頷く白井に、芹川はこう付け加える。
「買っても使わないんじゃもったいないからね」
「わたしも選んだよ」
 夕永もやってきて言った。彼女はサスペンダー付きのキュロットを手にしている。夕永は続けてこう言う。
「似合うかわかんないけど」
「大切なのは直感よ。一瞬のひらめきを信じるの」
 芹川は言った。その様子を見ていた齋藤は、芹川にこう尋ねる。
「悟理ちゃんは選ばないの」
「あたしは今ちゃんの付き添いだからね。春菜は買うの?」
 芹川がそう言うと、齋藤は芹川にお願いしてこう言った。
「私は選びたいの。手伝ってくれないかしら」
「春菜は自分で選べるでしょ?」
 芹川は意外そうな顔をして言った。次いでこう付け加える。
「もちろん、いいけど」
「お願いね」
 齋藤はそう頼んで、次いで白井と夕永にこう言った。
「すぐに行くから、外のクレープ屋さんで待っててほしいの。今日はクレープの日なのよ」
 それから齋藤と芹川は服を選びに行き、白井と夕永は先に買い物を済ませる。
 そののち四人はデパートの隣のクレープ屋で合流した。

「で」
 芹川は言葉を区切って言い、さらに続けて言った。
「結局ティーシャツを買ったわけね」
 白井は嬉々として、こう答える。
「はい、上下セットでした。しかも綿百パーセントで肌触りが良く」
「まったくこの子は」
 芹川は呆れたように言葉をもらす。それに対して齋藤は、芹川をなだめるようにこう言った。
「まあまあ。新しい服っていうのはいいわよね」
 それに答えて白井が満足した表情で、こう話す。
「はい。良いトップスとボトムスを選ぶことができました」
 芹川は白井の様子を見て、表情をゆるめた。
 次いで齋藤は夕永にこう言った。
「あさひちゃんも嬉しそうね」
「自分で選んだの初めて」
 夕永はそう言ってにっこりと笑った。
 それから齋藤は紙袋を取り、白井に差し出してこう言った。
「はいこれ。今ちゃんにプレゼントよ」
「私にですか」
 白井は驚いてそう聞き返す。齋藤は柔らかく微笑んだ。白井はプレゼントを受け取って、こうお礼を言った。
「ありがとうございます」
 それから白井は中の物を指して、こう尋ねる。
「これはなんでしょうか」
 それに対して芹川がこう説明する。
「ワンピースよ。着るのが簡単だから、面倒くさがりな今ちゃんに向いてるでしょ」
「似合うでしょうか」
 白井が尋ねると、芹川は自信満々にこう答えた。
「ぜったい似合うわよ」
 すると白井は買い物のときのように、こう質問した。
「わたしもいつかおしゃれになれるでしょうか」
 芹川は再び、同じ言葉で答えてこう言う。
「おしゃれはね、なりたい自分があれば誰だってできるのよ」
「そうですか」
「そうよ」
 テーブルを囲んだ四人を、窓辺の日差しが優しく照らす。少しずつ賑わってきた店内で、次はどこに行こうかと話し合うのであった。

第3話 今は恋の話ができない

 買い物を終えた四人の少女は、テーブルを囲んでクレープを食べながら話をしていた。
「失礼ですね。男の子と話したことぐらいはあります」
 白井今は言った。それからこう付け加える。
「幼稚園のころになりますが」
「ずいぶん昔ね」
 芹川悟理はそう言ってため息をついた。続けてこう言う。
「それじゃ盛り上がらないじゃない」
 すると白井は不服そうに、こう言った。
「悟理さんが言ったのではありませんか。気になる男の子はいないのか、と」
「だから恋話っていうのはね、もっとドラマチックな出会いというか」
 芹川は説明して言った。白井は再び反論してこう答える。
「それなりにドラマチックだと思うのです」
「どこがよ」
 芹川は聞き返してこう言った。
「秘密基地です」
 すると話を後ろで聞いていた夕永あさひが歓声を上げる。
「わあ!」
「とってもロマンチック」
 彼女の傍にいる齋藤春菜も同意して言った。
「そうかしらね」
 芹川は疑うように言い、続けてこう尋ねた。
「その基地ではどんなことをしたの」
 白井は答えてこう言う。
「お菓子を食べました」
「すごくいい」
 すると夕永が再び興味を示して言った。齋藤は白井にこう質問する。
「その子とはどんな話をしたの」
「覚えていません」
 白井は淡々とした口調で答える。齋藤は別の質問をしてこう言った。
「じゃあ、その子の名前は」
「思い出せません」
 白井は同じように答える。芹川はその様子を横目で見てこう言う。
「ふうん。お菓子のことだけは覚えていたわけね」
「はい」
 白井が正直に言った。それに対して齋藤は再びこう尋ねる。
「他に覚えていることはある?」
 その質問に、白井は考えるような顔をして言った。
「もう少し時間があれば思い出せるかもしれません」
 齋藤はそれを聞くと、両手を合わせてこう言った。
「じゃあ、今ちゃんにはあとで聞くことにしましょう」
 芹川もそれに同意してこう言った。
「そうね。次はあさひの番よ」
「うん」
 夕永が頷く。芹川は続けてこう質問する。
「そのペンダントの話が聞きたいわ」

 夕永は星のペンダントを身につけており、とても大事にしていた。彼女はうかがうようにこう尋ねる。
「信じてくれる?」
「もちろん信じるわ」
 芹川はそのように返答した。夕永は説明してこう言う。
「これはね、男の子がくれたんだよ」
「うんうん」
 芹川は頷いて話を促す。夕永は念を押して言った。
「本当だよ」
「うん、それでどうなったの」
 芹川が質問すると、夕永は首を傾げてこう言った。
「どうって?」
「ペンダントをもらった理由とかあるでしょ」
 それを聞いた夕永は数回まばたきすると、不思議そうにこう応じた。
「なんでかな」
 芹川はさらにこう質問する。
「その子の名前は」
「名前はわかんない」
 夕永は首を振った。次いで芹川はこう尋ねる。
「じゃあ、話したこととか」
「あんまり覚えてない」
 夕永の答えを聞いた芹川は、ため息をついてこう言う。
「その子のこと、今でも好きだったりするわけ?」
「どうして?」
 夕永はそう聞き返した。それに対して芹川はこう言う。
「だってこれ恋話なわけじゃん」
「うん」
 頷く夕永に、芹川はこう問いかける。
「好きな人の話をしてたんじゃないの?」
「ちがうよ」
 夕永ははっきりと否定した。すると芹川は大きく息をはいてこう言った。
「はあ。それは恋話とは言わないわよ」
「そうなの? でも、男の子の話だよ」
 夕永は目を丸くして尋ねる。齋藤が説明して、それにこう答えた。
「好きな気持ちとか恋がないと、恋話にはならないの」
「そうなんだ」
 夕永は納得したように頷いた。それから齋藤は芹川に話を振り、こう尋ねる。
「ところで悟理ちゃん、例の彼とはうまくいってる?」
「ちょっと! 誰のこと言ってるのよ」
 芹川は勢いよく立ち上がって言った。齋藤はにこにこしながらこう続ける。
「ほら、最近一緒に登校してるじゃない」
「やめてよ。付き合ってるみたいに聞こえるじゃん」
 芹川がそう言うと、齋藤が続けてこう言う。
「よく一緒にいるじゃない」
「あたしじゃなくて兄貴とよ。そんで兄貴があたしを巻き込もうとするの」
 芹川はそのように弁明し、続いてこう言う。
「そもそも春菜の幼なじみじゃん」
 それに対して、齋藤は肯定してこう言った。
「そうね。だから、これからも仲良くしてくれると嬉しいわ」
「兄貴がね。言っておくわ」
 それから芹川は、質問を返してこう尋ねた。
「春菜はどうなのよ。気になる人はいないわけ」
「私は恋愛しないって決めてるから」
 齋藤が言うと、芹川は驚いてこう問い返す。
「へえ、なんで」
 齋藤は答えてこう言った。
「今は今しかできないことをやりたいの。恋は大人になってからでもできるじゃない」
 それに対して芹川が疑問を口にして言った。
「でもさ『恋するのに理由なんてない』とかいうじゃん。一目惚れとかは、なかったわけ」
 齋藤は質問に直接は答えず、こう質問した。
「恋の種って知ってる?」
「なにそれ」
 芹川は眉をひそめる。齋藤は説明を続けて、こう言った。
「だれでも異性と一緒にいると、恋の種が心に勝手に撒かれちゃうんだって」
「それだと恋ばっかりになっちゃうじゃん」
 芹川は反論して言った。それに答えて齋藤はこう言った。
「恋する気持ちと好きな気持ちは違うって、私は思うの」
「どういうこと?」
 芹川は問い返す。齋藤は例え話をして、こう説明した。
「恋の種は勝手に蒔かれちゃう。放っておくいても好きな気持ちは育つけど、手入れしないと好きな気持ちをやめることはできない。だから好きになるのに理由はないけど、恋をあきらめる人には必ず理由があるんだって」
「失恋に効きそうな言葉ね」
 芹川は言った。齋藤は続けて自分を差して、こう宣言した。
「恋のきっかけは一度や二度じゃないと思う。だから急いで誰かを好きになるのはやめて、今は違うことをがんばろうって思ってるのよ」
「へえ、偉いわね」
 芹川は齋藤を褒めて言った。それから続けてこう尋ねる。
「じゃあ一目惚れとかはあるわけね」
 齋藤は肯定してこう言った。
「そうね。優しい言葉をかけられると」
「キュンとするわけ?」
 芹川が軽い口調で質問すると、齋藤は顔を伏せてこう言った。
「恥ずかしいわ」
「いいじゃん。それが恋の種ってわけね」
 芹川が笑って言い、こう続ける。
「いつか、いい恋してよね」
「悟理ちゃんもね」
 齋藤も同じように言って微笑んだ。

 そのとき白井がついに口を開いてこう言った。彼女は皆が話し込んでいる間、ずっと黙っていた。
「思い出したことがあります」
 すると他の三人は白井に注目して、会話を中断する。期待のこもった視線が集まるなか、白井は説明を始めてこう言った。
「男の子が持ってくるお菓子はいつも乾パンでした。また、おやつを持ってくればふつう先生に叱られるはずです」
 それから白井は結論を述べてこう言った。
「ですからそれは、おやつではなく非常食だったと思うのです」
「非常食? 今ちゃんは、その子の非常食をもらったってこと?」
 芹川は白井に質問する。白井はそれに答えてこう言った。
「いいえ、勝手に食べてました」
 次いで白井は自分の経験を語り、こう言う。
「ある日のことですが、その子は私にこう尋ねました。『非常時だったのか』と」
「何て答えたのよ」
 芹川の質問に、白井が応じてこう言う。
「私はうなずきました。すると、その子は『非常時だったのならしょうがない』と言い、次の日には新しい非常食を持ってきました」
「今ちゃんはその意味、分かってたの?」
 芹川は尋ねて言った。白井は答えてこう言う。
「いいえ。今思うと悪いことをしました」
「まあ、園児のときじゃ仕方ないわね」
 芹川は白井の行動を認めて言った。それから続きを促して言う。
「その後どうなったの?」
 白井は記憶を辿って話を続けた。
「ある日、男の子は非常食を持ってどこかに行こうとしていました。それで私はついて行ったのです」
「お菓子が目当てだったわけね」
 芹川が指摘すると、白井は頷いてこう話を続ける。
「はい。そして着いた先が、秘密基地だったのです」
「なるほどね」
 芹川は納得したように頷いた。ここで夕永が会話に加わって、白井にこう尋ねた。
「何して遊んだの」
 白井はそれに対してこう答えた。
「お菓子を食べました」
 夕永はそれを聞いて、くすくすと笑ってこう言った。
「今ちゃん、食べてばっかり」
「でも、変化もありました」
 白井はそう言って、こう説明を加えた。
「例えば、日ごとにお菓子がグレードアップしていました。乾パンからビスケット、さらには固形栄養食品といった具合です」
「どれも見事に非常食ね」
 芹川が言った。次に齋藤が会話に加わって、こう質問した。
「その子とは何か話さなかったの?」
「何かを話したりとかそういうことはありませんでした。ですが」
 白井はそのように答えて言葉を区切り、続けてこう言った。
「最後の日のことです」
「最後って」
 齋藤が聞き返すと、白井がそれに答えてこう説明する。
「お別れの日のことです。その日も、私たちは秘密基地にいました」
 白井は続けて、こう言った。
「その時、男の子が言いました。『10年後にまた会おうね』と」
 これを聞いた齋藤たちは沸き立って、こう言った。
「急展開ね! ロマンチックじゃない」
「マンガみたい!」
 夕永も興奮気味にそう言った。
「そうでしょうか」
「それで今ちゃん、会いに行ったの?」
 芹川も興味を示して白井に尋ねる。
「なぜ会いにいくのですか」
「なぜって、ふつう色々気になるでしょ」
 白井の返答に、芹川は焦れったそうな表情をして言った。そこに齋藤が質問してこう言う。
「その話って幼稚園のころの話なのよね」
「そうです」
 白井の返答を聞いた齋藤は、期待に満ちた目をしてこう続けた。
「もしかして、約束の日が近いんじゃない?」
「そうかもしれないわね!」
 興奮したように言う芹川と齋藤に、白井はこう尋ねる。
「それは、どういうことですか」
 それに対して齋藤はこう説明する。
「幼稚園での話ってことは、少なくとも6歳以下だったってことよね。そのときから10年を数えると、約束の日は近いはずなの」
「なるほど」
 白井は納得して言った。次いで芹川はこう尋ねる。
「日付は覚えてる? 場所はどこなの?」
「場所は覚えていますが、日付までは」
 白井は困った表情をして答えた。芹川は急かすような口調で言う。
「なんとかして思い出しなさいよ」
「なぜですか」
「なぜって、約束したんでしょ? その子と」
「たしかに約束の話はありましたが・・・・・・」
 白井はそう言ってから、はっきりとこう言った。
「約束は、私に対してではありません」
「・・・・・・は?」
 白井の言葉に芹川は唖然とする。
「その秘密基地には、もう一人の男の子がいたのです」
「どういうことよ」
 芹川がそう問い返す。白井は誇らしげにこう言う。
「そこは彼ら二人の秘密基地だったのです」
「それってつまり・・・・・・」
 言葉が出ない芹川の代わりに、齋藤が話を促した。
「そうです。これは幼い二人の男の子が再会を約束するという、友情の物語だったのです」
「す、ステキな話ね・・・・・・」
 齋藤は乾いた声で言った。それを聞いた白井は、胸を張ってこう言う。
「どうでしょう。これは結構ドラマチックだと思うのですが」
「ドラマチックでも、ぜんぜん恋話じゃないわよぉ。あたしのときめき返してよ」
 甘いと思うと酸っぱくて、少女たちはクレープを気がつくともう食べきっていた。

第4話 今はプレゼントを選べない

 柔らかな腕に抱かれて、聞こえてくる穏やかな声。ページをめくる音が重なり、セピア色をした挿絵がぼんやりと視界に浮かぶ。その声は優しくこう語りかけた。
『みにくいアヒルはびっくりしました。なんと自分は美しい白鳥だったのです』
 幼い少女が仰ぎ見て、微笑む母を見ていた。
 ーー白井今は、幼い日の夢を見ていた。

 夜が明け、小鳥たちが挨拶を交わすころ。頬をくすぐるひんやりとした空気が冷たくて、白井今はベッドの中で目を覚ました。彼女は体を丸めて毛布の中にうずくまる。
 彼女はベッドボードの棚に手を伸ばして写真立てを取り、うつ伏せの格好になってそれを両手に持った。そして、朝の光を反射する薄い埃を拭おうとしたところで、彼女のお腹がぐうと鳴る。
「お腹が空きました」
 少女は諦めような表情をして息をつき、写真立てを元の場所に戻した。
 それから身を起こして毛布を脇に寄せ、ベッドに腰掛けた状態で床に足をおろした。そのままふらりと立ち上がる。前髪が自然の重みで垂れ下がり、おでこを覆った。それを手櫛で分けながら、まだ薄暗い部屋を歩き、カーテンを開けて光を招じ入れた。

 白井が家の外に出ると、庭先で待っていた少女がそれを見つけてこう言った。
「今ちゃん、おはよ」
 芹川悟理が軽く手を振って挨拶した。それから続けてこう言う。
「そのワンピース、似合ってるじゃん」
 彼女は白井の友人であった。芹川はとてもおしゃれであり、その服装は、裾の広いフレアスカートとブラウスの組み合わせに加えて、落ち着いたケープを羽織っていた。
「おはようございます」
 白井がお辞儀すると、芹川の後ろにいた夕永あさひも続けてこう言った。
「今ちゃんかわいい!」
「あさひもね」
 白井に代わって芹川が答える。夕永はストライプのシャツに合わせて、サスペンダー付きのキュロットスカートを身につけていた。また星のペンダントをかけている。
「みんなおしゃれで素敵ね」
 そこに齋藤春菜が会話に加わって言った。彼女は暖かなオレンジ色で服装をまとめている。
 そののち芹川が白井に質問してこう尋ねた。
「今日はどんな用なの?」
 白井は答えてこう言う。
「プレゼントを選ぶのを手伝ってほしいのです」
 すると芹川は意味ありげな笑みを作って、白井に問いかけた。
「それってもしかして、約束の男の子?」
 約束の男の子とは白井が再会を約束したという少年のことである。それは白井に対する約束ではないことが先日の話で判明した。白井は芹川の質問に、はっきりと否定してこう言った。
「違います。もっと大切な人です」
「大切な人?」
 夕永が興味を示して言った。白井は真剣な表情で続けてこう言った。
「絶対に喜んでもらいたいのです」
 芹川は返答してこう言う。
「相手は誰なのよ、お世話になった先生とか?」
「今は言えません」
 そう言う白井を見て、芹川は不思議そうな顔をする。白井は続けてこう説明した。
「私一人では選べないので、皆さんの意見を参考にしたいと思っていたんです」
「なるほどね」
 芹川は納得したように言って、それから齋藤と夕永に尋ねて言った。
「みんなもオーケー?」
「うん、がんばるよ」
 夕永がそれに答えて言った。続いて齋藤もこう返事する。
「お姉さんにまかせなさい」
「ありがとうございます。本当に助かります」
 白井はそうお礼を言った。芹川は感心したようにこう言う。
「そういうところは真面目よね」
「そうでしょうか」
 白井は意外そうな表情をして言う。
「適当に選んじゃえ、とか思わないの?」
 芹川が聞くと白井はこう説明した。
「それ以前に何から選べばいいのか、さっぱり分からないのです」
「そうよね。贈り物といっても、いろんなものがあって迷うものね」
 齋藤が同調して言う。それから穏やかに言葉を紡いでこう続けた。
「相手のこと、少しだけでも教えてくれると選びやすくなると思うの」
「そうね。せめて男性か女性か教えてくれると助かるわ」
 芹川もそれに同意して言った。白井はこう答える。
「女性です」
 それに対して芹川はこう確認した。
「その人に感謝を伝えたいわけね」
「はい」
 白井は頷く。それを聞いた芹川は柔らかな表情をして、こう言った。
「分かったわ。素敵なプレゼントを一緒に選びましょ」

「あたしはリラックス系をオススメするわね」
 芹川は提案して言った。それからこう付け加える。
「今は疲れてる人、多いじゃない」
「悟理さんもそうなのですか」
 白井がそう尋ねると、芹川は認めてこう言う。
「そんなでもないけど、気疲れみたいなのはあるかも」
 それから白井はこう質問した。
「例えば、どんな物があるのでしょうか」
「きれいな音色の鈴とか、クッションとか。それからフレグランスもいいわね」
 芹川の説明を聞いて、白井はさらにこう尋ねる。
「フレグランスとはなんですか」
 それに対して、芹川は説明を加えてこう言った。
「部屋をいい香りのする香料よ。瓶に棒を指して、香りを楽しむの」
「香料ですか」
 白井のつぶやきに、芹川が言葉を重ねる。
「そうよ。カモミールの香りは疲れに効くわよ」
「カモミール?」
 聞き返す白井に対して、芹川は簡潔にこう答えた。
「花の名前。紅茶にもよく使われてるじゃない」
「覚えられそうにないです」
 白井は困った顔をして言った。芹川は軽く答えてこう言う。
「別に覚える必要はないわ。あとでメモあげるから」
「それは助かります」
 白井はホッとして言った。芹川は白井にこうアドバイスした。
「プレゼントを渡すときは、ちゃんと感謝を伝えなさいよ」

 次いで齋藤が提案してこう言った。
「私は花がいいと思うわ」
「花ですか」
 白井はそうつぶやき、続けてこう言う。
「選ぶのが大変そうです」
「好きな花の、好きなの色のものを選ぶのよ。薄い桃色とか素敵よね」
 齋藤は説明して言った。白井は質問してこう言う。
「どんな花があるのでしょうか」
「定番はバラだけど、季節ごとに色々な花があるの。今はラベンダーの季節ね」
 齋藤はそのように言ってから、白井にこう問いかけた。
「今ちゃんは、どんな花が好き?」
「あまり花を知らないです」
 白井は首を振る。それから思い出したように、こう付け加えた。
「でも、たんぽぽは好きです」
「健気な花よね。根がしっかりしているところが、今ちゃんらしいわ」
 齋藤は手を合わせて言った。
 次いで白井は夕永にも尋ねて、こう言った。
「夕永さんは、どんなプレゼントがいいと思いますか」
「おいしいものがいいと思う」
 夕永はにこにこしながら答えた。それからこう説明を加える。
「おいしいものなら、一人でもみんなでも楽しめるから」
「なるほど、その考えはありませんでした」
 白井は感心したように言った。それからこう質問する。
「どんな食べ物がいいでしょうか」
「ケーキかなあ」
 夕永はぼんやりとした口調でそう答える。白井はさらにこう尋ねた。
「夕永さんなら、どんなケーキが食べたいですか」
 すると夕永が口を開いてこう言った。
「ぜんぶ好きだけど、手作りのケーキが一番美味しいかな」
「なるほど、手作りですか」
 白井がそう言うと、夕永は大きく頷いてこう言った。
「うん。手作りのケーキをもらえたら、きっととっても嬉しいよ」

 それから数日たったある日のこと。四人は白井の家に集まっている。
 白井が唐突に芹川をねぎらってこう言った。
「悟理さん、少し疲れていませんか」
「え、別に元気だけど」
 芹川は戸惑いつつそう答える。白井は肩を落としてこう言った。
「そうですか・・・・・・」
 その様子を見た芹川は、訝しそうな表情をしてこう言う。
「なんでがっかりするのよ」
「いえ、でもたまにはそんな日もあるかもしれません」
 白井は言葉を濁して言った。芹川はそれに反応してこう言う。
「なんで疲れてるのが前提なのよ。あたしは元気よ」
「そうなのですか」
 白井は困ったような表情をした。
「一体どうしたのよ。そういえば、プレゼントはちゃんと渡せたの?」
 芹川は心配そうに尋ねた。白井は首を横に振る。それから正直にこう答えた。
「いいえ。渡そうとしているのですが、喜んでもらえるかどうか微妙なのです」
「あのね、今ちゃん」
 芹川は白井の肩に手を置くと、面と向かってこう言った。
「大切なのは気持ちよ。絶対に喜んでくれるって」
「そうだと良いのですが」
 不安な面持ちの白井に対して、芹川はさらに励ましてこう言う。
「ほら、勇気を出しなさいよ」
「わかりました」
 白井は決意したように頷き、手を伸べてこう言った。
「悟理さん、これを受け取ってください」
「え」
 白井の手のひらには、きれいに包装された袋がある。芹川は虚をつかれたように言葉をもらした。次いで白井はこう言った。
「私は何にもできないので、もし悟理さんがいなかったら生きていけないと思います」
「なに言ってんのよ、急に」
 芹川は慌てふためいて言う。それから白井は頭を下げてこう言った。
「いつも助けてくれて、本当にありがとうございます」
「だからなんで」
 言葉を絞り出す芹川に対して、白井はこう説明した。
「前にもらったワンピースがとても嬉しかったので、私もプレゼントしたいと思ったのです。でも私には喜んでもらえるのが何かがわかりません。それで事前に聞いておこうと思ったのです。どうか受け取ってください」
「・・・・・・なんで急にそゆことするの」
 それに答える芹川が目に涙を浮かべているのを見て、白井はぎょっとした。それから取り乱したように弁明しようとしてこう言った。
「あ、ああ、すみません。嫌だったのですか」
 すぐに齋藤が首を振る。それから芹川の頭を撫でながら微笑んで、こう言った。
「嬉しかったのよね、悟理ちゃん」
 芹川は大粒の涙をこぼしながら、こう言う。
「・・・・・・ばかぁ」
「なぜ泣いているのですか。私はいったい」
 白井はうろたえたように言う。齋藤は再び微笑んでこう言う。
「大丈夫よ」
 それから白井は気を取り直して齋藤に言った。
「実を言うと、春菜さんと夕永さんにもプレゼントしたかったのです」
 白井は続けてこう言う。
「でも花はやっぱり選べなくて、ケーキの手作りも今の私には無理でした」
「そうだったの。その気持ちだけでも、私は本当に嬉しいわ」
 齋藤は優しくそう言って、白井をそっと抱きしめた。それから向き直ってこう提案する。
「こうするのはどうかしら。また一緒にお花を選びに行くの。ケーキもみんなで作るの」
「それはいい考えです」
 白井は期待に目を輝かせて頷いた。夕永もそれに同意してこう言う。
「いいと思う!」
 そののち四人は予定を話し合い、次の計画を立てるのだった。

 その日の夕方。
 白井は夢の続きを思い出していた。
 幼い少女はこぼれ落ちる木漏れ日に目を細める。暖かな影がふわりと降りてきて、すぐにそれは頭を撫でる母親の優しい手だと気付く。母親はこう言った。
『みんなと違っててもいいのよ。いつの日か、なりたい自分になれるから』
『うん!』
 少女は期待に満ちた目をして大きく頷いた。
 ーーその日が来ることを信じて、たとえ今は何にもできない子でも。

第5話 今は髪をとかせない

「おかしいです」
 白井今は髪を梳かそうとしていた。
 彼女は耳の後ろの髪に櫛を当てる。それから10センチ下ろした。そこで白井の手が止まる。彼女は眉をひそめてこうつぶやいた。
「・・・・・・動きません」
 白井は顔を上げて鏡を見る。髪の毛はごわごわしており、櫛の歯にそれらが絡まっていた。気を取り直して、白井は再び髪に櫛を入れるが、また同じように髪が絡んでしまう。
 そのとき玄関の呼び鈴が鳴った。
 白井は櫛を手に持ったまま玄関に向かい、そして扉を開ける。そこには三人の友人がいた。芹川悟理と夕永あさひと齋藤春菜である。三人は掃除を手伝ってほしいと白井からお願いされていた。
 齋藤は白井にこう尋ねる。
「今日はどこを掃除したいの?」
「私の部屋です」
 白井はそれに答え、それから続けてこう言った。
「もはや手がつけられない状態なのです」
 それを聞いた齋藤は笑って言う。
「ふふ、お姉さん張り切っちゃうわ」
 彼女の手には、水拭き用のモップが握られていた。その先端には汚れないようにナイロンの袋がかぶせてある。
 そこに夕永が会話に混ざって言った。
「私も窓拭き、がんばるね」
「心強いです」
 雑巾を掲げる夕永に、白井は感謝する。
 しばらく様子を見ていた芹川は、白井の手に握られているものに気づいてこう尋ねた。
「それ、どうしたの」
 白井は単刀直入にこう答える。
「これは櫛です」
「知ってるわよ」
 芹川はすかさず言葉を返し、続けて疑問を口にした。
「いつもは今ちゃん、櫛とか使わないんじゃん」
 白井は箱を開ける仕草をしながら、説明してこう言った。
「みなさんが来られる前に少しは片づけようと思って、古いダンボールを整理していたのです。そうしたらこれが出てきたのです」
 芹川は納得してこう言った。
「それで使ってみたくなったわけね」
「はい」
 白井は頷いた。齋藤が会話を続けてこう言った。
「とてもすてきな櫛ね」
「私が幼いころ、お母さんがこれで髪をとかしてくれていたんです」
 白井は思い出を話し、次いで困ったようにこう言った。
「ところがさっき使ってみたところ、うまくできませんでした」
 すると芹川が指摘してこう言った。
「毛先がバサバサになってるからよ、ちゃんと乾かしてないでしょ」
「失礼ですね」
 白井はむっとして言った。それからこう続ける。
「寝てる間にちゃんと乾きます」
「それが痛む原因なのよ」
 芹川は言った。白井は髪が乾かないうちにベッドに入るので、髪が傷んでごわついている。
「それは本当なのですか」
「本当よ」
「そうですか」
 白井はしゅんとしてつぶやいた。芹川はその様子を見て、急いでこう提案する。
「今日はあたしがセットしてあげるから、元気出しなさいよ」
「いいのですか」
 顔を上げて尋ねる白井に、芹川は胸を張ってこう言った。
「どんとまかせなさい」
「それはありがたいです」
 白井は期待のこもった目をして言った。

「今ちゃん、くるくるドライヤー持ってる?」
 芹川が白井に尋ねた。白井は首をかしげる。
「なんですかそれは」
「髪をくるくるするやつよ」
 芹川が簡潔に答えた。すると夕永が粘着式のローラーを取り出してこう言う。
「ころころするのは持ってるよ」
 カーペット用である。白井はそれを高く評価してこう言った。
「すばらしい用意です」
「欲しいのはドライヤーなんだけど」
 芹川は苦笑しながら言う。それに対して白井がこう答える。
「普通のドライヤーならあったと思います」
「使えるならそれでいいわ、持ってきて」
「わかりました」
 芹川の要望に白井が頷く。芹川はさらにこう尋ねた。
「あとさ、霧吹きある? 髪を濡らすのに使うんだけど」
 白井は否定してこう言った。
「見たことありませんが」
「なら別にいいわ」
 芹川はそう言って折り合い、加えてこう言う。
「ドライヤーを持ってくるついでに、少し髪を濡らしてきなさい」
「わかりました」
 白井はそう言って再び頷いた。
 そののち彼女は洗面所に向かい、鏡の前に立つ。
 彼女は水道の栓をひねった。水の流れがボウルに輪を描く。
 白井は流水に頭を突き入れて、髪を思い切り濡らした。淡色の髪に冷たい雫が伝い、肩にぽつりぽつりと落ち始める。
 次いで白井は栓を閉め、水の流れを止めた。それから化粧台の収納棚からドライヤーを取り出して、それを持って皆のところに戻った。
 芹川は白井の姿を見てびっくりし、すぐに声を上げてこう言う。
「何やってんのよ、びちゃびちゃじゃない!」
 白井は髪を濡らして、びたびたになっていた。それに対して白井はこう答える。
「濡らしてこいと言ったではありませんか」
「少しって言ったじゃん! 風邪引いちゃうでしょ」
 芹川はそう言ってとがめつつ、手で水滴を軽くはらった。それから白井の濡れた髪を手のひらで挟んで水をきる。続けてこう言った。
「だれかきれいなタオル持ってない?」
 それに対して齋藤が答えて、こう言った。
「このタオルを使って」
 齋藤はフェイスタオルを取り出す。白井はそれを見て称賛してこう言った。
「さすが春菜さんです」
 芹川はすぐにタオルを受け取って白井の頭にかける。それからこう言った。
「もう、こんなにびしょびしょにしちゃって」
 彼女は続けてこうつぶやく。
「これはこれで都合がいいんだけど」
 芹川はマッサージするように水分をタオルに含ませる。齋藤が感心して言った。
「悟理ちゃん、タオルドライ上手ね」
「ありがと。ヘアケアにはこだわりがあるの」
 芹川は嬉しそうに答える。彼女は毛先をタオルで包んで、軽く叩くようにして水分を取った。齋藤はその様子を見て、次いで芹川にこう尋ねた。
「椅子を持ってきた方がいいかしら」
「それは助かるわ」
 芹川は同意して言った。白井はそれに対してこう言う。
「椅子ならリビングにあります」
 齋藤がそれを聞いてリビングに向かい、それから椅子を持ってきて白井をそこに座らせた。

 そののち芹川はドライヤーのスイッチを入れ、風量を確かめながらこう言った。
「次はブローね」
 すると夕永が興味を示してこう尋ねた。
「ブロウってなあに」
「恐らくサブロウの一種かと思います」
 白井が答えて言う。夕永は首を傾げてこう言った。
「さぶろう?」
「そうです」
 白井は頷いたのち、指を人差し指から順に立てながらこう説明する。
「いちろう、じろう、さぶろうと言うではありませんか」
「ぜんぜん違うわよ」
 芹川は呆れたように言い、続けてこう訂正した。
「ドライヤーで風を送ることよ」
「なるほど、風の又三郎というわけですね」
 白井は納得したように言った。芹川はやれやれといった風に首を振り、こう続けた。
「まったくこの子は」
 芹川は会話をしつつ、手際よくドライヤーを動かしながら、少し距離をとって空気を送る。手櫛で髪をすくいとって、根元から乾かすようにブローを始めた。
 そのとき白井が質問をしてこう言った。
「みなさんはいつも髪の手入れをどうしているのですか」
 芹川はそれに対して、齋藤に話を振ってこう言った。
「春菜はどうしてる?」
 齋藤はそれに答えてこう言った。
「シャンプーしたあとにタオルドライをして、次にトリートメントをして、最後に悟理ちゃんがやってるみたいに乾かすわ」
 そう言ったのち、齋藤は加えてこう言った。
「でも朝はそんなに時間はかけないの。櫛でとかすぐらい」
「へえ。でもポニーテールを結ぶの、けっこう時間かかるでしょ」
 芹川は白井の髪を乾かしながら言った。齋藤は髪をまとめる仕草をしながらこう答える。
「そうでもないのよ。私は低めのポニーって結びやすいと思うの」
「分かる気がする。あたしもお風呂のときは低くまとめてるし」
 芹川は同意して言った。白井が会話に加わってこう質問した。
「ポニーテールとはなんですか」
「頭の後ろで髪を一つに結ぶことよ、春菜みたいに」
 芹川が答えて言った。齋藤はそれを受けて、くるりと後ろを向いて髪型が見えるようにした。それから齋藤は軽く触れて髪を揺らして、こう言った。
「これが正真正銘のポニーテールです」
「触ってみたくなる形ですね」
 白井は感慨深げな表情をして言った。芹川は苦笑してこう言う。
「なによその感想」
 白井は夕永に対してこう言った。
「夕永さんはどうしているのですか」
「お母さんが梳いてくれるの」
 夕永は答えて言った。白井は羨望のまなざしを向けてこう言う。
「うらやましいです」
 それから白井は芹川に同じように尋ねてこう言った。
「悟理さんはどうしているのですか」
「あたしはセットに三十分ぐらいかけるかな。たまにアイロンをかけたり」
 芹川が答えると、白井が反応してこう質問した。
「アイロンですか」
 それから白井は衣類にアイロンをかける身振りをする。芹川はそれを否定しつつ、こう説明する。
「ヘアアイロンよ。髪をこう挟んで、熱で矯正するの」
 芹川は白井の髪をつまんで、アイロンをかける仕草をしてみせた。彼女は説明を続けてこう言う。
「もちろん熱を加えるわけだし、多少痛むんだけど」
「痛むのですか」
 白井は答えて言った。それに対して芹川はこう論じる。
「でもさ、そういうの気にしてたらおしゃれできなくない?」
 それから芹川はこう結論した。
「思いっきりおしゃれして、しっかりケアする。あたしはね、それが大切だと思ってるわけ」
「なるほど」
 白井は納得して頷いた。

「折角だし、軽く矯正してあげる」
 芹川はそう言って、白井の乾いてきた髪を軽くつかみ、櫛を内側から入れた。櫛の歯にドライヤーを付けるように近づける。それから彼女は櫛を毛先に向かってゆっくり引っ張り、同時にドライヤーを動かして熱を与えた。
 芹川は他の部分も同じように整えていった。次いで毛先をくるくると人差し指に巻き、そしてゆっくりほどいて形を整える。
 やがて芹川は矯正を終え、次いで白井の背中を押してこう言った。
「ほら、鏡見てきなよ」
 白井は芹川に促されるまま洗面所に向かう、それから鏡の前に立った。白井はしばらく鏡に映る姿を見つめ、それから感嘆したようにこう言った。
「ああ、これは幼子のような髪です」
 白井の淡色の髪は毛先がまとまり、緩やかな内巻きを描くようになっていた。
「なにその感想」
 芹川の答えに、白井は熱心にこう説明する。
「このサラサラ感、まさに赤ちゃんヘアーです」
「赤ちゃんの髪はもっと短いでしょ」
 芹川はそう言い笑い、白井の後ろから鏡を覗く。それから白井の髪をゆっくりと撫でながらこう言った。
「まあまあ整ったかな。それほど痛んでなかったのは奇跡的ね」
「いいなあ」
 夕永が近づいて、羨ましそうにつぶやく。それを見た白井が提案してこう言った。
「では、私がなでてあげましょう」
「わあ」
 夕永は嬉しそうに声を上げた。白井はそれを聞くと、夕永の頭を両手で掴んで、次いで思い切り髪を掻き撫でる。夕永のほうが身長が大きいので、少し見上げる形である。
 芹川はすぐに白井をたしなめてこう言った。
「そんなにワシャワシャしちゃだめでしょ」
「なるほど」
 白井は納得し、動きを緩めてゆっくりと撫でた。夕永は満足そうな表情をする。
 しばらくそうしたのち、白井は夕永にこう尋ねた。
「お母さんも撫でてくれますか」
「うん」
 夕永は笑顔で頷いた。白井は再びこう尋ねる。
「お母さんのこと好きですか」
「大好きだよ」
 夕永ははっきりと答えた。すると白井は同意してこう言う。
「私もです」
 それから白井は手を止めて、芹川にこう尋ねた。
「せっかく整えたこの髪も、明日には元に戻ってしまうのでしょうか」
「そうね。これから部屋の掃除もあるし」
 芹川は頷く。白井はがっかりしたような表情をしてこう言った。
「そうですか」
「ちゃんとケアをすればいいのよ」
 芹川は答えて言った。
「でも難しそうです」
 白井はしりごみして言う。芹川は白井の目を見て、こう励ます。
「できることをやればいいの」
 芹川は二本の指を立てて、さらにこう説得した。
「とりあえずこの二つを守りなさい 。まずシャワーのあとに髪をタオルで拭くことと、そのあと髪をドライヤーで乾かすことよ」
 白井はそれを聞いてほっとしたようにこう答えた。
「それなら私にもできそうです」
 洗面台の鏡には、少女の嬉しそうな姿が映っている。
 もう髪の毛はごわついておらず、櫛を入れると毛先まですっと梳くことができるのだ。

第6話 今は靴ひもを結べない

 太陽も高くなり、賑わい始めた正午過ぎの商店街。
 レストランに行く予定をした女の子たちが四人、駅から200メートルぐらい離れた往来の多い大通りで、仲良く会話しながら歩いていた。
「あとでお野菜、買っていこうかしら」
 齋藤春菜がふと思い出したように言う。
 花柄スカートの長い裾が、通りを抜ける風にはためいた。
 八百屋の奥の自販機のとなり、街路樹の影がかかるベンチの脇で、少し前を歩いていた少女が振り返る。
「引き返しましょうか」
 ペタペタという足音を立てて、白井今は言った。
 齋藤は柔らかい微笑みを浮かべてこう答える。
「ふふ、ありがとう。帰るときにちょっと見ていけたら助かるわ。キャベツとか重くなっちゃうから。あ、今ちゃんこっち」
 齋藤は白井の手を引いて、パン屋の軒下に入る。
 彼女はレトロな石畳の上で、自転車の組が通り過ぎるのを確認すると、
 再び手を引いて歩道に戻った。
 白井は齋藤に尋ねてこう言った。
「キャベツは重いものなのですか」
「とっても重いのよ。大きいのだとこのくらいはあって」
 齋藤がキャベツの大きさを手振りで示すと、
 白井は目を丸くして驚きを表す。
 彼女は手を広げて大きさを確かめながら、こう尋ねた。
「これほどなのですか」
「これほどなの。だから野菜はいつも、おでかけの最後に買ってるのよ」
 それを聞いて白井はこう告白した。
「知りませんでした。世界で一番大きな食べ物はスイカだと思っていました」
 それから柔らかい微笑みを浮かべる春菜をまっすぐ見て、このように結論した。
「これからはキャベツを侮らないように気をつけます」

「きのうね、ロールキャベツだったの」
 後ろを歩いていた夕永あさひが会話に混ざって言った。
 嬉しそう話す彼女に、白井はこう質問した。
「ロールキャベツとは何でしょうか。新種のキャベツですか」
 それを聞いた夕永は、左手の指を右手で包んでみせて、こう説明する。
「こんなのかな。キャベツを巻いたお料理」
 白井はそれを見ると、真似して自分の指を右手で握ってみる。
 それから気づいたように顔を上げ、こう言った。
「お寿司みたいな感じでしょうか」
「うん。かっぱ巻きみたい」
 夕永はそのように例えて言った。
 白井は続けてこう尋ねる。
「かっぱ巻きとは何でしょうか」
「キュウリのお寿司かな」
 夕永の簡潔な答えを聞いて、白井は納得したように頷いた。
 それから結論を述べてこう言った。
「なるほど。ロールキャベツとは、いかにも健康的な食べ物なのですね」

 四人の先頭を歩いていた少女が立ち止まり、振り返ってこう言った。
「予定変更。食事は後にするから」
 芹川悟理の宣言に、白井は足を止めてこう尋ねる。
「一体どうしたのですか」
 すると芹川は白井の足元を指差し、指摘してこう言った。
「それ、何とかなんないの」
 白井は促されるまま足元を見て、
 それから気づいたようにこう言った。
「アリがいます。アリの行列です」
 彼女の視線の先には、アスファルトで舗装された歩道を小さな働きアリが横切っている。
「そうじゃないわよ」
 芹川悟理がじれったそうな表情をして言う。
 彼女はつま先を軽く持ち上げて地面をコツンと打った。
「もう一度、ちゃんと足元を見てみなさい」
「・・・・・・分かりました」
 白井はしぶしぶ応えて視線を地面に向け、そこに円形の蓋があるのを見つけた。
 それには波紋の模様が刻まれており、小さく『電気』と書かれてある。
 白井は答えてこう言った。
「マンホールがあります」
「そうじゃなくて! スリッパよ、スリッパ」
 芹川がそう言うと、白井は聞き返してこう尋ねる。
「スリッパがどうかしたのでしょうか」
「だから、外出するのにスリッパはありえないでしょ」
 すると白井はこれに反発して、こう主張した。
「何がいけないのですか。これはとても履きやすいのです」
「そりゃ履くのはラクでしょうけど」
 芹川がそうつぶやき、次いでこう説明した。
「ペタペタって足音、気になんないの?」
 それを聞いて白井は、少し歩いてペタペタという足音が鳴るのを確認した。
 それからこう尋ねる。
「これのことですか」
「そ。隣でペタペタ歩かれるとあたしが恥ずかしいの」
「そうだったのですか」
 白井は納得したように言った。
 芹川はそれを見て、こう提案する。
「そういうわけだから、まずは靴屋に行こ」
 こうして四人はレストランに行く前に、近くの靴屋に行くことになった。

 靴屋の店頭にはセール中の商品が並べてある。
 白井はいくつかスリッパを手にとって見ていたが、
 店に入ろうと自動ドアの前に行くと、そのまま立ち止まってしまった。
「なんで入らないわけ」
 芹川が訝しげに後ろから声をかける。
 白井は困った様子でこのように答えた。
「扉が開かないのです」
「はあ」
 芹川はけだるそうにため息をついて、白井の前に立つ。
 それから自動ドアの『押してください』に手を触れてこう説明した。
「これはここを押すと開くのよ」
 すると白井は納得がいかない表情をしてこう訴える。
「しかし自動と書いてあるではありませんか」
「押すタイプの自動ドアなの」
 芹川がそう簡潔に応じた。
「それではもはや手動です」
「そういうものなの。諦めなさい」
 白井は腑に落ちにない表情をしてこう言い張った。
「これは自動ドアではありません。納得がいきません」
「まったく」
 芹川はそう言って問答を切り上げると、先に店内に入った。
 すると白井はついて行って店に入り、齋藤と夕永も続けて入る。

 白井は店内をぐるりと眺め、げんなりしてこうつぶやいた。
「靴がありすぎて選びようがありません」
「また勝手にあきらめる」
 芹川は苦笑して言う。
 店内の棚には多くの靴が並べてあり、白井は早くも圧倒されていた。
 白井はすぐそばにあった40センチの革靴を手に取って、こう言った。
「この靴は大きいですね」
「それはメンズシューズ、男ものね」
 芹川はそう説明する。
 白井は靴を戻すと、隣の棚にある小さな靴が視界に入った。
 彼女は赤ちゃん用の靴に興味を示して、こう言う。
「驚きの小ささです」
「それはベビーシューズ。赤ちゃんが履くやつね」
「なんという赤ちゃん」
「なによそれ」
 目を細めて靴を見つめる白井に、芹川は笑って答えた。

「ところで春菜さんが履いているのは、何という靴なのですか」
 白井は尋ねて言った。
 齋藤は先の丸まった、淡い光沢のある靴を履いている。
「これはパンプスっていうの」
 彼女はそう言って、棚にあったパンプスを手に取った。
 それから足の甲の部分を指して、こう説明する。
「ここがUの字に開いているわよね。こういう靴をパンプスっていうの」
 白井はそれを見たのち、気づいたような表情でこう尋ねた。
「悟理さんのもパンプスなのですか」
「そうなの」
 齋藤は頷き、視線を芹川に向けた。
 それに合わせて芹川は、自分の足首を指してこう説明する。
「ここにストラップがついてるでしょ。これをアンクルストラップっていうのよ」
 それから彼女は軽くかかとを鳴らしてこう付け加えた。
「この靴は少し厚底のアンクルストラップパンプスね」
 すると白井が不満そうに意見を述べる。
「アンクルストラップパンプスですか。・・・・・・長すぎです」
「仕方ないでしょ」
 芹川はそう言った。
 次いで白井は夕永に質問してこう尋ねた。
「夕永さんの履いている靴は、何と言うのでしょうか」
 夕永は首を振ってこう答える。
「んー、わかんない」
 芹川が代わりに説明してこう言った。
「あさひのはスニーカーね。靴の裏が平らになってるでしょ」
 芹川は陳列してあるスニーカーを手に取り、それを白井に渡す。
 白井はそれを裏返して、平らになっていることを確認した。
「これがスニーカーですか。確かに驚くほど平らです」
 それを隣で見ていた夕永もこう言う。
「ほんとだ」
「これはローカットスニーカーね。足首を覆わないタイプだから」
 芹川がそう付け加える。
 それを聞いた白井は、何かを期待するようにこう質問した。
「では私が履いてるのは、何スリッパというのですか」
 芹川はスニーカーを白井の手から取り、
 元の場所に戻しながらこう言った。
「それはただのスリッパよ」
「そうですか」
 白井は少しがっかりしたように言った。

「みなさんは普段から、そういった靴を履いているのですか」
 白井は気を取り直して、再び質問する。
 それに答えて芹川がこう答える。
「あたしはわりとブーツ率が高いわね」
「ブーツですか。暑くないですか」
 白井が率直な疑問を投げかけると、
 芹川は意味を理解して、クスッと笑ってこう説明した。
「今ちゃんさ、もこもこのブーツ思い浮かべてるでしょ? あたしが言ってるのはショートブーツとかほとんどファッションのやつね」
 白井はそれを聞くと、さらにこう尋ねてた。
「それはどういうものですか」
「こう、足首あたりまで覆っているやつよ」
「これとかですか」
 白井は近くの商品棚にあったハイカットの靴を指差す。
 芹川は手をひらひらさせて否定し、こう説明を加えた。
「それはトレッキングシューズ、登山靴ね。ショートブーツはこっちよ」
 芹川はそう言って、別の棚からショートブーツを持ってくる。
 白井はそれを見ると、合点がいかないような表情をした。
「どちらも同じではありませんか」
「違うでしょ。よく見てみなさいよ」
 芹川はそう促しつつ、付け加えるようにこうも言う。
「まあ、トレッキングシューズも一種のブーツなんだけどね」
 それを聞いて白井は、納得したようにこう結論した。
「なるほど。同じように見えて、実は違いがないということですね」
「それ言ってること同じだから」
 芹川はそう言って苦笑する。
 次いで白井は、齋藤にも同じことを質問して言った。
「春菜さんは普段、どんな靴を履くのですか」
「わたしはパンプスが多いの。モカシンのときもあるかしら」
 すると白井は真顔でこう尋ねる。
「モヒカンですか」
「全然違うわよ」
 間髪を入れずに芹川が否定した。
 齋藤は身振りで靴の形を示してこう説明する。
「こう足を覆うような形の、縁が縫ってある靴のことをそう呼ぶの」
「そうなのですか」
 白井は理解を示して言った。
 彼女は次いで夕永にも尋ねてこう聞いた。
「夕永さんは、どんな靴をよく履いてますか」
「いつもこれだよ。とっても歩きやすいの」
 すると芹川が会話に混ざって、夕永にこう尋ねる。
「そのわりにきれいよね」
「けがしないようにって、お母さんがときどき新しくしてくれるの」
 夕永の説明して言った。
 それに耳を傾ける白井は、意見を述べてこう言った。
「歩きやすい靴というのは、良さそうですね」

「じゃあ履いてみる?」
 芹川はそう言って、白井に試してみるよう促した。
 彼女は白井に合ったスニーカーを探してそれを渡す。
 白井はそれを受け取ると、椅子に座ってスニーカーを履こうと足を入れた。
 芹川はその様子を見守る。
「困りました」
 白井は靴に足を入れた状態で言った。
 芹川は心配してこう尋ねた。
「どうしたのよ」
 すると白井は靴ひもを握ったままこう言う。
「靴ひもが結べません」
「ふつうに蝶結びすればいいのよ」
「いえ、それができないのです」
 白井がはっきり答えると、芹川は呆れたように言った。
「困った子ね」
 となりで見ていた齋藤は、白井の前にかがんでこう申し出る。
「私が結んであげるわね」
「助かります」
 白井が答えると、齋藤は靴ひもを手に取り、きゅっと結んだ。
 それからこう尋ねる。
「きつくないかしら」
「大丈夫です」
「少し歩いてみましょう?」
 手を差し伸べて齋藤がそう促した。
 白井はその手を取って立ち上がり、それから歩いて様子を確かめる。
 芹川が気になったように白井にこう質問した。
「どう? 履きやすい?」
「違和感があります」
 白井の正直な感想に、齋藤が答えてこう言った。
「靴は慣れも大きいものね」
「そうかもしれません」
 すると芹川が意見を述べてこう言った。
「今ちゃんの場合は、まず靴ひもを結べるようにならないとね」
「それもそうですね」
 白井は同意して頷いた。

「今ちゃんはどういう靴が好みかしら」
 今度は齋藤が尋ねてそう言った。
 白井は少し考え、それからこう答える。
「そうですね、履きやすいのがいいです」
「それでスリッパに落ち着いてるのわけね」
 芹川がそう言って横槍を入れる。
 次いで彼女はこう尋ねた。
「それ以外に持ってないのわけ?」
「足を入れるだけのものなら」
 白井がそう答えると、芹川はすぐに把握してこう言った。
「いわゆるズックね」
「ふふ、今ちゃんは履きやすさ最優先なのね」
 齋藤はそう言って話を戻し、次いでこう提案する。
「私はサンダルがいいと思うの」
 それから彼女は、商品棚からサンダルを取って白井に渡す。
 それを見た芹川も賛同してこう言った。
「あたしも賛成。素足でも履けるし」
「かわいいと思う」
 夕永も自分の意見を述べて言う。
 白井は不思議そうな顔をして、こう質問した。
「サンダルはスリッパと同じではないのですか」
 芹川は簡潔に説明してこう言う。
「スリッパは足先を覆うでしょ。覆わないタイプをサンダルっていうわけ」
 それを聞いた白井は、期待のこもった目をしてこう尋ねた。
「わらじもですか」
「まあ、そうだけど。ていうか、急に出てきたわね」
「わらじってなあに」
 夕永が興味を示して質問した。
 白井は説明してこう言う。
「わらじとは藁でできたサンダルのことです。草履に似ていますね」
 すると夕永は続けてこう尋ねる。
「ぞーりってなあに」
「草履とはストラップが付いていないわらじのことですね」
「付け焼き刃でよくそこまで言えるわね」
 芹川は呆れたように言った。
「わらじはじつに履きやすそうだと、常々思っていたのです」
 白井は手をにぎって熱意を示す。
 彼女はサンダルを持ち直してこう言った。
「決めました。このわらじを買うことにします」
「わらじって呼ばないでよ」
 口をとがらせて芹川が言う。
 白井はさっそくサンダルをレジに持っていくのであった。

 それから四人は店を出て、改めてレストランに向かう。
 白井は夕永に質問してこう言った。
「料理はいつもお母さんが作ってくれるのですか」
 すると夕永は嬉しそうにこう答える。
「うん。とっても美味しいんだよ」
「うらやましいです」
 白井はそう感想を言って顔を上げると、
 目的のファミリーレストランはもうすぐ近くにある。
 彼女は再び、夕永にこう尋ねる。
「レストランの料理と、どっちが美味しいですか」
「うーん」
 夕永はあごに指を当ててしばらく考える。
 それから答えを出してこう言った。
「お母さんの料理もおいしいし、みんなで食べるごはんもおいしいよ」

第7話 今ちゃんと種菜ちゃん

 朝。
 目が覚めると、おなかのあたりにモコモコした感触があって、それは猫なのであるが、高級なぬいぐるみを抱きしめているようで、なんともハートウォーミングなひとときである。
 さて、猫は白井のおなかに頭をうずめていた。
「ぐりぐり」
 その動作は説明しにくい。首を回す、といってしまうとたぶん違う動作になる。右を見たり左を見たり、キョロキョロと首を動している動きがそれに近い。相手のおなかに頭を押し付けながら、である。これはかなりくすぐったい。
「っ」
 白井は反射的に猫を押しのけると、それは無表情に見つめてきた。
「ぬ」
 猫ではない。ネコ帽子をかぶった少女である。彼女は唐突にこう言った。
「朝がやってきた。どぅーどぅるどぅー」
 それはきわめて淡々と話す。それから少女は、トコトコと窓際まで歩いた。そして、おもむろにカーテンに広げて自分を包んだ。足だけ見える格好になる。少女は言った。
「しゅなは消えてしまった。しゅなはもういない」
「あきらかに見えてます」
 寝起きであっけにとられたとはいえ、白井は落ち着きを取り戻して答えた。それからカーテンの中から『太陽の匂いがした』といったつぶやきが聞こえるのを無視して、朝の空腹を満たすものを探した。

 少女は、名前を高野種菜(たかのしゅな)という。白井の一歳年下であり、いつもネコの帽子をかぶっていた。彼女は白井を「しろいま」と呼んでいる。
「しろいまは、ひとりで食べるのか」
「そうです」
 雑然としたキッチンにいた白井に高野が話しかけた。白井は表情を変えずに答える。白井の朝食はパックのご飯とサバ缶であった。
 ところで高野は、テーブルの中央にキャベツを一玉どんと置いていた。それは数日前に、白井が齋藤たちと共に買った物である。ところが白井は調理方法を知らなかったため、そのままにしていた。
 高野はキャベツを指してこう言った。
「しろいまが食べるかもしれない」
「いらないです」
「そうなのか」
 白井が断ると、高野はキャベツを抱えて冷蔵庫の前に立った。それから彼女は何かをしようとキャベツを掲げた。しかし、そこで初めて両手がふさがっているのに気づいたように、不思議そうな表情でキャベツを見て、それを左右に振った。
 高野は改めて顔を上げる。それから抱えた野菜をどすどすと数回、冷蔵庫の扉にぶつけた。それほど強く当てたわけではない。これを見た白井は尋ねてこう言った。
「何をしてるんですか」
 すると高野はこう答える。
「ノックしろーって、ぶちょーがうるさい」
「はあ」
 やれやれといった様子の高野の言葉から、白井は特に何かを汲み取った様子もなく、その野菜は最初にあったところへと戻された。

 高野は白井が朝食を食べる様子を見て、何かにひらめいたような顔をした。彼女はキッチンをキョロキョロと見回す。それからいくつかの収納棚を探り、高野はついにフライパンを見つけると、それをコンロの上に置いてこう言った。
「しゅなは、たまご焼きでもかまわない」
「自分で作ってください」
 それを聞くと、高野は再びキッチンを見回した。それから周囲に目的のものがないことが分かると、またもや冷蔵庫の前に立ち、扉をトントンと叩いて数秒待つ。次いで扉を開け、中が空っぽであることを確認したのち、高野は振り返ってこう言った。
「たまごがなかった、しかたがなかった」
「そうですか」
 ついで高野はお腹に手を当てて、こう言った。
「しゅなは、おなかがぐーぐる鳴っていた」
「・・・・・・」
 すると白井は立ち上がってサバ缶を取り出し、こう言った。
「食べますか」
「いいのか」
 高野は答えを聞くより前に両手を伸ばしていた。白井は高野の手のひらにそれを載せると、テーブルに戻ってスプーンを手に取りながら、こう言う。
「これしかないので」
「カロリーメイトがあった」
 高野の言葉に、白井は再び答えて言った。
「それは明日の朝食です」

 ぴんぽーんと呼び鈴がなる。
 白井が反応するよりも前に、高野が駆け出していた。高野は玄関の様子が映るモニターの前に立って、通話ボタンを押す。彼女は画面に向かって、こう言った。
「どちらさまか」
 すると、画面に映った気だるそうな芹川がこう言う。
『あー、あたしだけど』
「なまえを言うべき」
『見れば分かるでしょ、今ちゃん何やって』
「うちはけっこう」
 高野はそう言って通話を切った。それから白井の方に向き直り、胸を張ってこう言った。
「しゅなのせきゅりてぃーは、ばんぜん」
「そうでしょうか」
 白井は窓の方を見る。そこには呆れたように立つ芹川の姿があった。それから彼女はため息まじりにこう言う。
「何やってんのよ、あんたら」
「とりぴー!」

 高野は一目散に外に出ると、ててててと芹川のもとに駆け寄った。それから驚いた様子の芹川のお腹にアタックして、頭をぐりぐりと押し付ける。それから顔を上げてこう言う。
「とりぴーは、あまえんぼうだなー」
「こっちのセリフよ!」
 それから高野はパッと体を離して、芹川をまっすぐに見てこう言った。
「しゅながいなくて、さみしかったか」
「んー、まぁ」
「しゅなはヘーきだった」
「ちょっと!」
 後からやってきた白井は、二人の様子を見て言った。
「悟理さんが負けてます」
「うるさいわね!」
 芹川は困ったように首を振って、こう続ける。
「この子が相手だと、なんか調子がくるっちゃうのよ」
「ふ、それはいいことを聞きました」
「どういう意味よ」
 白井はニヤっと口元にわるそうな笑みを浮かべた。次いで高野に声をかける。
「高野さん、少しお話しましょう」
「あ、ゆーながだー」
 高野は白井の脇をすり抜けて、芹川の後ろにいた夕永に抱きついた。

「わあ、種菜ちゃんだー」
 ぽかんとする白井をよそに、高野が両手を伸ばすと、夕永がそれを掴む。二人は両手をぶんぶんと上下させながらこう言う。
「ゆーなが、ゆーなが」
「種菜ちゃん、種菜ちゃん」
「ゆーながは、かわいいから好きー」
「私も種菜ちゃん、大好きだよー」
「・・・・・・」
 白井は二人の様子を見て、手を胸に当てた。それからこう呟く。
「わたしに純真なココロはなかったのでしょうか」
 するとポンと肩を叩かれ、白井は顔を上げる。そこには芹川が立っていた。
「ま、今ちゃんに悪巧みは無理ってことよ」
「悟理さん・・・」
 白井は顔を上げて、おもむろに両手を差し出した。それは芹川に向けられている。
「へ?」
 気の抜けた返事をする芹川。それに対して白井はしきりに促してこう言った。
「どうぞ、遠慮なく」
「な、なにすんのこれ」
「私たちもやりましょう」
「はぁ!?」
 白井の提案を理解した芹川は、焦った様子でこう答えた。
「いや、意味わかんないんだけど!」
「友情の証! 的なやつです」
「それはわかってるけど!」
「さあ、恥ずかしがらず」
「ちょっと! あ! 春菜、なんで笑ってるのよ!」
 芹川の視線の先には、みんなの様子を見守っている少女がいた。芹川たちと一緒に来ていた齋藤である。彼女はクッキー作りの材料が入ったバッグを持ち直すと、手を口に当ててクスクスと笑う。それから齋藤は嬉しそうに微笑んだ。

第8話 今ちゃんと鈴ちゃん

 週末の午後。
 鈴ちゃんはとても嬉しそうに歩いている。
「きょうはとっても楽しかった!」
 休みの日であり、近くの学校の文化祭に行ってきたところであった。鈴ちゃんの隣には保住香がいた。二人は手をつないで歩いている。
 住宅街の十字路を照らす、傾いてきた日差し。影が自分たちの身長よりも長くなる。
 ちょうどそこに、見慣れた制服姿の少女が通りかかった。齋藤である。
「春菜お姉ちゃん!」
 すぐに鈴ちゃんが気づいて手を振った。齋藤もすぐに応じる。
「こんにちは、鈴ちゃん。今日は保住先生と一緒なんだね」
「うん!」
 大きく頷く鈴ちゃん。齋藤は保住に言った。
「保住先生、ありがとうございます」
「いいのいいの。それより春菜ちゃんこそ、お疲れさま」
 ところで齋藤は、ここ数日とてもいそがしい日々を送っていた。文化祭の準備があったからである。彼女は人から頼られることが多かった。
 それでも疲れた顔を見せずに、優しく微笑んでいる。
 彼女は鈴ちゃんが持っているものに気づいて言った。
「あ、鈴ちゃん、風船もらったの?」
 それはプカプカと浮かぶ、アルミの風船だった。保住も同じものを持っている。鈴ちゃんと保住がそれぞれ一つずつであった。
 鈴ちゃんはニコニコして答える。
「くまさんにもらったのー」
「くまさん?」
 齋藤が首をかしげると、保住が付け加えて言った。
「文化祭の出し物でね、着ぐるみさんにもらっちゃったの」
「そういえば校門のところにいましたね、ふふ」
 齋藤は、ほんの少し照れたように笑う。

 保住は何かを思いついたように言う。
「みんな楽しんでるし、今ちゃんもどうかしら」
 この場に白井はいなかった。
 齋藤は少し間をおいて考え、それからこう答える。
「たぶん、普通のときより難しいと思います」
「え、そういうものなの?」
 保住は意外そうな顔をして、さらに提案した。
「じゃあ、着ぐるみに入っちゃうっていうのはどうかしら」
「それはちょっと」
 齋藤が静かに否定したので、保住はがくりと肩を落とす。彼女はとても生徒想いであったが、なかなか生徒のことを理解してあげられないようあった。保住はあきらめずにこう続ける。
「でも何か、何かできないものかしら」
「先生、それでしたら」
 齋藤が小声で、保住に提案してこう言った。
「これから今ちゃん家でケーキを食べるんです。ご都合が良かったらなんですけど、先生もご一緒にどうですか」
「ケーキ!」
 しかし鈴ちゃんにも聞こえてしまったようである。少女は期待して目を輝かせた。それを見た保住は、齋藤に尋ねてこう言う。
「鈴ちゃんが一緒でもいいかしら?」
「もちろん大丈夫です。あ、でも」
「大丈夫よ、春菜ちゃん」
 バックから何かを取り出そうとする齋藤を、保住はやんわりと制止した。それから保住は手を振って、安心させるようにこう言う。
「先生に任せて。さっそく鈴ちゃんの親御さんに電話してみるわね」
「はい、お願いします」
 鈴ちゃんはしばらく二人の顔を交互に見ていたが、齋藤と目が合うと嬉しそうに笑った。

 白井の家には、すでに芹川と夕永も来ていた。芹川は保住たちに気づいてこう言う。
「ほずみんじゃん。どしたの?」
「今日は、先生たちもパーティに混ぜてもらいまーす。ね、鈴ちゃん」
 保住は答えて言った。鈴ちゃんはお辞儀をして、こう言う。
「こんにちは、悟理お姉ちゃん」
「はろー鈴ちゃん。今日は、お母さんと一緒じゃないの?」
 芹川の質問に、鈴ちゃんが答えて言った。
「お母さんはいそがしいから来れないの。でも大丈夫なの。先生といっしょだから」
 それを聞いた芹川はかがんで鈴ちゃんの頭をなでる。
「鈴ちゃんえらいねー」
 鈴ちゃんはくすぐったそうに笑った。
 次いで保住がこう尋ねる。
「今ちゃんは中にいるかな?」
「さっきまでここにいたけど」
 芹川はそう言って辺りを見回したが、白井の姿はなかった。彼女はこう続ける。
「さては逃げたな。呼んでこよっか?」
 しかし保住は軽く手を振ってこう言う。
「いいのいいの。これを渡したかっただけだから」
 保住は持っていた風船を示す。
「なにそれ、風船じゃん」
「もらったのよ。ね、鈴ちゃん」
 それに答えて鈴ちゃんは元気良く頷いた。
「うん! くまさんにもらったの。おそろいなの」
「くまさん? あー」
 芹川が手のひらを打つ。それから齋藤に耳打ちした。
『春菜が入ってたやつね』
『悟理ちゃん、しーっ』
 齋藤が慌てて言う。鈴ちゃんは不思議そうな顔をしている。
『似合ってたじゃん』
『もーっ』
 顔を赤くする春菜を見て、芹川はおかしそうに笑った。

「種菜ちゃんは来ないのかな?」
 夕永は集まったメンバーを見回して言った。芹川が答えてこう言う。
「イベントが被っちゃってるらしくて、来れないんだって」
「そうなんだ」
 さて、ここで齋藤は持ってきた紙箱をテーブルの上に置いた。彼女が箱を開けると、夕永が手を合わせて声を上げる。
「わぁ、ケーキだ」
「もらってきちゃった」
 春菜がぺろっと舌を出して言った。
「そーいや春菜んとこ、喫茶店だったんだっけ?」
「うん。でも、ちょっと作りすぎちゃって」
「ありえないじゃん、春菜のケーキが余るとか」
「それはどうかしら〜」
 おどけて答える齋藤を見て、芹川は納得したように頷く。
「ははーん。さては最初からそのつもりだったな」
「ふふ、気合い入れて作ったのよ」
 次いで夕永が話に混ざって、こう言う。
「春ちゃんのウェイトレス、とっても可愛かったよ」
「え! なにそれ!」
 芹川は驚いて言った。夕永はこう答える。
「ふわふわしてて、可愛かったの」
「あたし見てないし!」
 それから芹川は齋藤に対してこう言った。
「なんで言ってくれなかったのよ」
「だって悟理ちゃん、写真を撮ろうとするじゃない」
「それ普通じゃん」
「ぶー。ダメなんです〜」
 齋藤は手でバッテンを作って答える。芹川はむすっとしていたが、すぐに良い考えが思い浮かんだような表情になる。彼女はこう続けた。
「あ。あたしそれっぽい服持ってるし。今度、着てみてよ」
「うーん。着るだけなら、別にいいかしら」
 しばらく逡巡したのちに齋藤は答えた。すると芹川はもう一押しする。
「大丈夫、撮らないって。一緒に買い物とか行くだけだし」
「やっぱり着ません」
「なんでよっ!」
 そんな二人に懐かしさを重ねるように、保住は目を細めて見ていた。

 ところで、白井は部屋の奥に隠れていた。
 それで鈴ちゃんは白井の皿を持っていき、こう言う。
「ケーキだよ。いっしょに食べようよ」
 白井はそれを受け取り、こそこそと出てきて席に着いた。次いでケーキを一口食べる。すると彼女は感嘆の声を上げ、こう言った。
「甘すぎなくて、絶妙です」
 それから白井は、鈴ちゃんが苺を残しているのを見つける。そしてそれを取って口に入れ、こう言った。
「鈴ちゃんは苺が苦手なのですね。食べてあげましょう」
「それ違うって!」
 芹川が大きな声で言う。
「それ、鈴ちゃんが楽しみに取っておいたやつ!」
「そうなのですか」
 白井が見ると、鈴ちゃんはフォークを握ったまま目に涙をためていた。芹川は慌ててなだめようとする。
「ほら鈴ちゃん、あたしの苺食べなよ」
 すると鈴ちゃんは、首を振ってこう言った。
「ううん、いいの。さっきの苺は、今ちゃんにあげるの」
「あー・・・」
 それから袖で目元を拭い、にっこり笑う鈴ちゃん。芹川たちは言葉を飲み込んだ。夕永は心配そうに保住の方を見た。
 状況がわからず戸惑う白井に、保住がこう言った。
「そうそう! 今ちゃんにプレゼントがあるの」
「プレゼントですか」
 保住は風船を取って、意外そうな表情をする白井に渡した。
「はい、どうぞ」
「これは浮かんでいます。手を離すと・・・」
 おもむろに手を広げる白井。芹川がすぐに反応する。
「あ、こら何してんのよ」
「見てください。浮かびますよ」
「そりゃそうよ」
 風船は天井で止まり、白井はそれを再びつかんで手元に戻した。
 それを見た鈴ちゃんは、自分の風船を指してこう言った。
「おそろいなの」
「同じですね」
「くまさんにもらったの」
「くまさんですか」
「うん!」
 鈴ちゃんがまた笑顔になったのを見て、夕永と保住は手を打ち合わせて喜んだ。

「じゃあ、私たちはそろそろ帰らないとね」
「うん!」
 保住が言うと、鈴ちゃんは元気良く頷いた。白井たちは、保住たちを見送ることになった。大きく手を振る鈴ちゃん。
「お姉ちゃんたち、ばいばーい」
「また遊ぼうねー」
「あっ!! 待って!」
 一番最初に気づいたのは夕永だった。すぐに駆け出す。齋藤もそれに気づき、固唾を飲んで見守った。夕永は地面を蹴って、めいっぱい手を伸ばしたが、すんでのところで届かない。
「ごめん鈴ちゃん、間に合わなかった」
「・・・え」
 家を出るとき、それをしっかり握っていたはずだった。みんなにバイバイを言おうとして、振り向いたときも。そのとき鈴ちゃんは先生と手をつないでいたから、それはきっと右手が掴んでいたに違いない。
 大きく手を振ったときだ。
 風船が手から離れ、空に向かって飛んで行ってしまったのは。
「・・・あ」
 鈴ちゃんはしばらくぽかんと空を見ていた。それからみんなのほうを見て小さく笑い、こう言った。
「飛んでいっちゃったの」
 とても寂しそうな笑みだった。芹川は白井をつついてこう促す。
「ほら、今ちゃん風船もってるでしょ」
「持っていますが」
「だからさ」
 焦ったそうに言う芹川に対して、鈴ちゃんが何かを察したように首を振る。
「ううん、いいの」
 それから鈴ちゃんはこう付け加える。
「くまさんにもらった風船なの。とくべつだったの」
「・・・・・・」
 芹川はかける言葉を見つけられずに沈黙した。齋藤も何を言うべきか迷っており、保住はぎゅっと握られた小さな手を見つめている。鈴ちゃんは夕永に言った。
「ありがとう、あさひお姉ちゃん」

 夕永は鈴ちゃんを見ていなかった。
 その視線の先には、風船を高く掲げる白井の姿がある。彼女は数歩前に出て、こう言った。
「見てください、浮かびますよ」
 それから白井はパッと手を離す。皆あっけにとられて、ただその風船を見つめた。それは風に揺られながら、ふわふわと高く飛んでいくそれは最初の風船を追いかけているようにも見えた。小さくなっていく二つの風船は、並んでいるかのようにも見える。
 白井は口を開いて、鈴ちゃんにこう言った。
「あの風船は、これで独りぼっちじゃありません。もう寂しくありません」
 鈴ちゃんは、ふたつの風船を見ていた。その言葉の意味を知ろうとするように。それは芹川や齋藤や保住も同じだったらしく、その意図をはかりかねているようだった。ただ夕永だけが顔を輝かせて白井を見ている。
 白井は、再び鈴ちゃんにこう言った。
「おそろいですね」
「おそろい?」
「そう、おそろいです」
「!」
 その言葉に何かを感じ取ったのだろうか。鈴ちゃんは急に駆け寄って、そして白井に抱きついたのだった。それから声を上げて泣き出す。
「うえぇぇーん、くまさんにもらったの、ひっく、とくべつだったの」
 大きな泣き声に白井はうろたえる。しかし、鈴ちゃんはそれを離そうとせず、かえって強くしがみついた。声を詰まらせながら泣き、泣きながら訴えて、また涙をこぼす。
 たくさん泣いて、泣いて。
 そして、笑顔になった。

 鈴ちゃんが、
「今お姉ちゃんと、手をつなぎたい」
 と言ったのは、そんな秋の日のことだった。

第9話 なでしこ!番外編 男子会

※この回は番外編です。登場人物がほとんど男子です。

主な登場人物

  • 朝比奈優作(あさひなゆうさく)
  • 芹川一也(せりかわかずや)
  • 熊田学(くまだまなぶ)
  • 小林茂(こばやししげる)
  • 千石修一(せんごくしゅういち)
  • 中西秋斗(なかにしあきと)
  • 金堂平次(こんどうへいじ)
  • 須田柳之助(すだりゅうのすけ)

「一也ってさ、できないことないよね」
 朝比奈優作(あさひなゆうさく)が言った。
 それに対して芹川一也(せりかわかずや)がこう答える。
「そんなことはないと思うが」
「でもさ、なんでも一通りこなせるじゃない」
「それは単にできることをやっていたに過ぎないぞ」
「そうかなあ」
 朝比奈は首をかしげる。
 それを見た芹川は思いついたように言った。
「それなら、これまで俺たちがやってこなかったことをやってみる、というのはどうだ?」
「・・・例えば?」
「そうだな。例えば、料理」
「そういえば一也が料理しているところ、見たことない」
「だろう?」
「釣った魚を丸焼きにしているのは見たことあるけど」
「あぁ、確かにバーベキュー的なのは経験あるな・・・。じゃあこうしよう。俺たちの手でスイーツを作る」
「おかし作りってこと?」
「うむ。優作はやったことあるか?」
「ないねえ」
「なら決まりだ。早速、男子どもを招集しよう」
「なんか趣旨変わってない?」
「そうか?」
 このような経緯で、芹川たち男子組はおかし作りに挑戦することになった。

 芹川家。
 西伊豆、海岸線沿い。
 芹川は集まった面々を見渡して、こう言った。
「諸君、今日は遠くから集まってくれたことに感謝する」
「押忍!」
 図太い声で力強く返事したのは、熊田学(くまだまなぶ)である。
 彼は額の汗をぬぐい、自転車の積荷をドスっと下ろした。
 自転車の最大積載量を無視したような荷物を見て、朝比奈が驚きの声をあげた。
「うわっ、すごい量!」
「さすがは熊田、頼りになる男だ」
 芹川は満足げに頷いて言った。
 熊田は荷物について、こう説明する。
「料理をしに出かけると言ったら、母ちゃんが畑から色々持ってきた。採れたての新鮮野菜だ」
「うむ。我々にとって最高の食材だ」
「ちょっと待ってよ、僕たちお菓子を作るんでしょう? これ野菜だよね? おかしいよ」
「何を憂慮しているのだ優作よ。高カロリーが気になる現代人に、ベジタブルなスイーツはむしろ必要とされる」
「そりゃあキャロットケーキとか聞いたことあるけどね」
 心配げな朝比奈をよそに、熊田の巨体の陰から顔を出すように声をかける若者が二人。
「ちーっす芹川先輩」
「こんにちは先輩、先日はお世話になりました」
 小林茂(こばやししげる)と千石修一(せんごくしゅういち)である。
 小林は得意げにこう言う。
「俺らも情報力駆使して、最高の食材集めてきたっすよ」
「ほう、それは期待できる」
 芹川が興味を示すと、千石が付け加えてこう言った。
「例のAIを使って、ネットにある数多のスイーツ画像から最適な食材を割り出したんです」
 それから千石は夢中になったように言葉を続ける。
「つまり二次元画像という平面的な情報データからニューラルネットワークにより特徴量を抽出するディープラーニングによって強化された人工知能がスイーツと食材という電脳世界におけるビッグデータの結びつきのない主要な要素に親和性を見出したことによる結果から導き出される」
「うぉーい、戻ってこい修一」
「差異に隠された食材の万能性・・・ん?」
 小林の声で現実に引き戻される千石。
「あぁ、ごめん。つい」
 それから、気を取り直したようにこう続ける。
「要約すると、僕らは食材の万能性に目をつけたんです。つまり醤油、カレー粉、万能ネギ、塩胡椒」
「な? すごいだろぃ?」
「さすがは情報部だ。目の付け所が違う」
 芹川は大いに満足して頷いた。
 それに対し再び疑問の声を上げる朝比奈。
「僕たち、お菓子作るんだよね? ねえ?」
「何を驚いている? 万能であるというのは全てに適合するということだ。無論スイーツも例外ではない」
「えええぇ!?」
 朝比奈は仰天した。
 それをよそに、さらに別の元気の良い声が上がる。
「ねえねえ、僕も材料買ってきたよ!」
 彼の名前は中西秋斗(なかにしあきと)である。
「あ、中西くん、良かった。きてくれたんだ」
「うん。なんかねえ、途中少し迷っちゃったんだけど、なんか親切な駅員さんが教えてくれたから大丈夫だったよ」
「そっか、それは良かった」
 中西は自分のリュックから買い物袋を取り出して言った。
「たくさん買っちゃった」
「中西くん・・・それ、お菓子だよね?」
「? だっておかし作るんでしょう? おかしを作るんだから、お菓子が必要になるよね?」
「うむ。一理あるな」
 当惑する朝比奈をよそに、芹川が意味深に頷く。
「水は雲となり雨となり、やがて川となって己の元に戻ってくる。お菓子によりお菓子になってお菓子が作られる、実に深遠な答えだ」
「いや何を言っているのか、わかんないよ。ねえ、金堂くんもさっきから笑ってないで何か言ってあげてよ」
 朝比奈が声をかけた人物は、金堂平次(こんどうへいじ)。料理人の息子であり、自身もまた料理人として厨房に立っている。
「僕はプロだからねぇ。あれこれ言うのもねぇ」
「その通り。金堂の言う通りだ、優作。我々は自分のやったことのない、ないしはできないことをやると言う趣旨で集まっているのだ」
「まぁ、そう言われればそうだけど。だったら、なんで須田さんはさっきからずーっとカメラを回してるのさ」
 朝比奈が指摘したその人物は、須田柳之助(すだりゅうのすけ)。彼はニューチューバーである。ビスタと言うハンドルネームで活動しており、『園児100人VS俺 綱引き対決』と言ったビスタ幼稚園シリーズは育児に勤しむ母親層に人気がある。
「『野郎共だけでお菓子を作ってみた結果』・・・うーん、安直すぎるかなぁ」
「ちょっと、須田さん。なに動画投稿しようとしてるんですか」
「あ、すいません朝比奈さん。つい癖で・・・」
 須田はいかつい外見をしているが、物腰は謙虚である。
「おぉ、誰かと思えばビスタじゃないか! サングラスを外してたから一瞬誰かわからなかったぞ」
「ちょっ、一也、その名前で呼ぶと・・・」
 どこからかサングラスを取り出して、それを装着する須田。
 彼は急にハイテンションになって、こう言った。
「イェイェイェイェイ!! レディース&ジェントルメン! みんな元気かい? 今日はビスタお兄さん、おかし作っちゃうYO? ヒュ〜〜!! 準備はいいかい?」
「あぁ、始まっちゃったよ」
「さあさあさあ、芹川ハウスに集まったのは、そう! 俺たち、ジェ〜ントルメンず! アーユーオケー?」
「ジェントルメンずって何さ・・・」
「潮騒のバッググラウンドはエンドレス。男たちは何を思いここに集う? Why? そう、それはスイーツを作るためさ!」
 須田のテンションに呼応するように、熊田が言う。
「なんだか知らないが、燃えてきたぜ! どんな強敵だろうと、どんと来い! うおおぉぉ!」
「いや、そんな熱い展開はないから・・・」
 かくして男たちによるおかし作りは幕を開けたのである。

「で、何を作るんだろぃ?」
 情報部の小林が尋ねた。
 それに続けるようにして千石が言う。
「お菓子って言っても、いろいろあるよね」
 すると芹川がこう答える。
「よくぞ聞いてくれた。俺たちの目指すところは、お菓子の王様であるところの『ケーキ』である」
「おぉー!!」
 沸き起こる歓声と拍手。
 そこに中西が元気よく手を挙げて言った。
「はいはい! ケーキって、どうやって作るんですか?」
「なにぃ!!」
 驚愕する熊田。
「ケーキとは一般人にも作れるものなのか!? 全く信じられん・・・」
「え、熊田さんはケーキは、どうやって作られてると思っていたの?」
「お菓子の泉から・・・生まれる!」
「生まれる!?」
 熊田の回答に絶句する朝比奈。
 それを制するように芹川は言う。
「落ち着いてくれ。繰り返すが、今日は『やったことのないことをやってみる』と言う名目で集まってもらったのだ。皆わからなくて当然なのだ。まあ、金堂は例外だが」
 彼の言葉に対して、疑問形で答える小林。
「と言うことは、修一もわからないってことになるんだろぃ? これは全くもって意外だろぃ」
「僕の知識は偏っているからね」
 千石は淡々とそう答える。
「できないぐらいがちょうどいい」
 芹川がそう言って話を進める。
「さあ、はじめるぞ! 俺たちの力を合わせて、ケーキ作りを制するのだ!」
「押忍!!!」
 熊田が応える。
「イッツピースオブケイク、楽勝さ!」
 須田が親指を立てる。
「いっちょ、やってみるか」
「僕も手伝わせてもらうよ」
 小林と千石が言う。
「がんばるぞーっ」
 中西が両手を掲げる。
「楽しみだねぇ」
 金堂が笑みを浮かべる。
 皆、終始このテンションである。
「ははは」
 朝比奈が苦笑した。
「ところで話が戻るけど、ケーキっどうやって作るんだろうね」
「ふむ、最初の難所だな」
 朝比奈の疑問に、芹川が頷く。
 男たちが顔を見合わせる中、最初に口を開いたのは千石である。
「ケーキは何で構成されているか、がわかればいいのでは?」
「つまり原材料は何? ってことだろぃ」
 小林が同調して言う。
「なるほど原材料か。誰か、ケーキの原材料に心当たりのあるものはいるか?」
「原材料ならケーキの包装に書いてあったような・・・」
 朝比奈が呟くと、それを聞いた熊田が指をこめかみに当て、力強くこう言う。
「よし俺に任せろ!! たった今、全身のすべての力を総動員して、思い出す!!! ぬおおおおっ」
「いやいやいや、そこまでしなくていいから!」
 あまりの熱意に、慌てて止めにかかる朝比奈。
 小林は思考を続けてこう言う。
「まず、砂糖だろぃ、塩も入ってたかな」
「小麦粉もね」
 千石が付け足して言った。
 ここで熊田がガバッと顔を上げて叫んだ。
「おもいだしたぁぁ!!」
「うわぁぁっ」
「網野さんだーーーーーーー!!!!」
「誰それ!?」
 朝比奈も熊田の勢いに圧倒されて叫んだ。
 彼に代わり、小林が答える。
「アミノ酸のことだろぃ」
「あ、ああ、アミノ酸ね・・・アミノ酸?」
「確かにアミノ酸と書いてあったな。しかし、アミノ酸とはなんだろうか?」
 芹川に問いかけに、中西が元気よくこう答える。
「魚とかに入ってる、お肌にいいやつのことだよ!」
「それはDHA」
「ドコサヘキサエン酸。鯖やイワシといった魚類に多く含まれる」
 朝比奈の言葉に、千石が解説を加えた。
 芹川が神妙に呟く。
「なるほど・・・鯖か」
「そこ!?」
「鯖缶なら、ここにあるよ〜」
 金堂が愉快そうに言う。
「よし。入れよう」
「入れるの!?」
 芹川が頷いたので、朝比奈は唖然とする。
「だって、それ鯖缶だよ?」
「だが、肌にいい」
「そこ!?」
 芹川が砂糖や塩や鯖缶を取り分ける。
 それを見た小林がこう提案する。
「何か入れ物があったほうがいいんじゃないですか」
「そうだな。この鍋を使おう」
 芹川は豚汁を作るような大きな鍋を取り出した。
 そしてそこに材料を入れようとして、手が止まる。
「分量をどうするか」
「やっぱ感覚だろぃ」
 と小林。
「感覚でしょう」
 と千石。
「感覚かな?」
 と中西。
「直感を信じろ!」
 と熊田。
「イマジネーション」
 と須田。
 朝比奈は再び唖然としてこう言う。
「全員一致!? 絶対この人たちに料理を任せちゃダメだよ」
「ほんとに面白いねぇ」
「金堂くん・・・さっきから何してるのさ?」
 金堂は不思議なポーズをしたまま立っていた。
「食材になりきっているのさ。そうすれば自ずと彼らの気持ちもわかると言うものだよ」
「変なアドバイスしないでよ!」
「変じゃないさ。ほら、みんなもやってごらんよ? 楽しいよ〜」
 金堂に勧められるまま、食材のポーズをしだす男たち。
「うむ、難しいな。こうか?」
「こうだよ〜、ほら、ぐにゃ〜〜ん、D、H、A」
「そこ!?」
 食べ物の体操をしばらくしていると、須田が何かに閃いたようにいった。
「I got it! ふふふ、分かってしまったZE! 食材のハートというやつをな!」
「キミはセンスがあるねぇ」
「そう、甘くて切ない砂糖と塩、ちょっぴり控えめ佐藤敏夫、何を思うのD・H・A? D、どんなに、H、離れても、A、ア・ミ・ノ酸」
「・・・・・・」
 もはや言葉が出ない朝比奈。
 芹川は豪快に笑って、料理を進める。
「はっはっは、この調子でどんどん行くぞ」
「おぉーー!」
 終始このテンションである。

 それから先は想像に難くない。
 小林が、
「鯖缶がありならツナ缶もありじゃね」
 というならば、
「うむ、入れてよう」
 と芹川が頷く。
「キャロットケーキってあるよな」
 と須田が言えば、
「よし。それも入れよう」
 という芹川が頷く流れになる。
「人参は輪切りにすればいいのか?」
 と小林が問えば、
「ここに星型のクッキー型があるよ!」
 と中西が元気よく答え、
「よし! 俺に任せろ! 力ずくでくり抜く!!」
 と熊田が言い、
「いやいや、危ないから!」
 と朝比奈が止めに入った。
「ケーキといえばチョコケーキだぜ」
 と須田が言うと、
「板チョコでいいの?」
 と中西が尋ね、
「うむ。なかなかうまい板チョコだ」
「いや一也、何食べてんのさ」
 つまみ食いをする芹川に朝比奈が言う。
 とは言え、
「マヨネーズって、生クリームの代わりになるかな?」
 という意見には、
「それはまずそうだ」
 とストップがかかった。
 千石がこう説明する。
「生クリームというのは、空気が入り込んで泡状になっているというだけで、つまるところ液体なんだ。生乳でできている」
「生乳なんてあるの?」
 小林が質問すると、金堂が答える。
「生乳ならここにあるよ〜、しぼりたてだよ〜」
「なんであるの!?」
 驚愕する朝比奈。
 小林が言う。
「じゃあこれを空気と混ぜればいいわけね・・・振ればいいのかな?」
「そう言うことなら俺に任せろ!」
 熊田が力強く言う。
 小林は生乳の入った瓶を熊田に手渡した。
「全力で振る!! うおおぉぉぉ!」
「おーすげぇ、みるみるうちに固まっていく」
 感心する小林。
 それに同調するように頷く芹川。
「うむ。さすがハンドシェイカー熊田と呼ばれるだけあるな」
「誰それ!?」
 朝比奈が反応する。
「なんか、固まりすぎてない?」
「バター状になっているように見える」
 冷静に分析する千石。
 それに対して小林は楽観的にこう言った。
「別にいいんでね?」
 男たちの料理はこうして進んでいった。

「さて、一通り食材の調合は終わったわけだが」
 芹川は鍋を見て言った。
 そこには小麦粉と砂糖と塩、鯖缶とツナ缶、生クリームになり損ねたバター、細かく刻んだ人参が混合されて入っている。
 彼は続けてこう言う。
「これで完成というわけではあるまい。他にするべきことに思い当たる者はいるか?」
 それに対して小林が提案する。
「混ぜるんじゃないですか」
「うむ。確かに食材が分離した状態では料理とは言い難い。問題はどうやって混ぜるかだが」
 これに対しては千石がこう答える。
「何かを混ぜるために最適なものといえば、おそらく水でしょう」
「なるほど水か。割合は?」
「混合物3に対して水1の割合で」
「よしわかった」
 芹川は千石の提案を受け入れ、鍋に水を入れた。
「このくらいか?」
 それから芹川は何を言われずとも、それをこね始める。
 彼は言った。
「優作よ、泥団子を作ったことがあるか?」
「え? 急に何? あるけど・・・あれだよね、砂を固めて磨くやつ」
 朝比奈が答えると、芹川は満足げに頷く。
「うむ。最近は園児が砂場で遊ぶということも少なくなっているだろうから、稀有な遊びとなってしまったかもしれないが、砂遊びないしは泥遊びをする子供なら一度はやったことがあるだろう」
「そうだろうけど、それがどうしたの?」
「俺はこねるという行為をほぼ無意識に行なってしまった」
「そうだね」
「そこから引き出される結論。乾燥した粉状のものと水を混ぜて、こねる。これはいわば本能のようだと思わないか? 感覚としては、プチプチをつぶしたくなるのに近い」
「はぁ」
 そんなやり取りの間に、食材はこねられて団子状になる。
 芹川が顔を上げて言った。
「今、食材は混ざり合い一つになった。これを俺たちはどうすべきだろうか?」
「焼くしかないぜ! レッツベイクド!」
 須田がノリよく言った。
 そこで芹川はバーベキュー用のくしで団子を串刺しにし、炭火の上に置いた。
「直火焼き!? っていうか、いつの間にバーベキューセットが!?」
「何を驚いている。釣った魚を焼くために『おき』は常に用意してある」
「・・・そういえば一也、釣りが趣味だったね」
 こうして一同は、食材に火が通るのを待った。

「いい感じに焼きあがった。完成だ!」
「おぉーー!!」
 芹川が宣言すると、歓声が上がった。
 小林が言う。
「なんかうまそうじゃね?」
「でもケーキ・・・と言う感じではないね」
 千石が率直な感想を述べた。
 芹川は催促して言う。
「さあ食うぞ! 残さず食べることだ」
「おっしゃー!!」
 再び上がる歓声。
 それぞれ串を手に取り、ケーキ(?)を頬張る。
 小林は微妙な表情をして言った。
「ん? んん? これは何ぞ?」
「なんだろうね、魚肉団子というか・・・」
 千石も曖昧な表情を浮かべる。
 対して熊田は、ガツガツと食べている。
「ふつうに美味いぞ!」
「醤油をかけると、なかなかいけますよ。あ、僕なんかが調子に乗ってすみません」
 いつのまにかサングラスを外した須田が言った。
「やっぱり鯖缶入れたのは間違いだったろぃ」
「マヨネーズを入れなかったのは正解だったと思う」
 小林と千石が言った。
「ぽりぽり」
 中西は一人、持ってきたお菓子を食べている。
 金堂が愉快そうに言った。
「いやぁ、ほんと面白いねぇ」
「料理というのはやはり難しいな! わっはっは!」
 豪快に笑う芹川。
 その後、彼らはケーキ(?)を残さず食べた。
 そして趣旨をバーベキューに変え、残っていた肉や野菜を焼いて宴を催した。

「何してんの、かずにー?」
 芹川悟理(せりかわさとり)が家に帰るなり、兄の一也に尋ねて言った。
「おぉ妹よ、友とバーベキューに興じていたところだ」
「ふーん」
 悟理は関心なさげに言った。
 彼女は東京から一時的に伊豆に帰省している。
 それから思い出したように紙袋を渡して、こう言った。
「あーこれ」
「なんだそれは」
「ケーキ。女子会で作って余ったやつ。デザートにみんなで食べれば?」
「うむ」
 芹川一也は妹から紙袋を受け取ると、中を覗き込んで唸った。
「うぅーむ・・・」
 中には形の整い程よくデコレーションされたケーキ。
 見るからに美味しそうである。
「これが女子力というやつなのか・・・」
「ん、なに?」
「さすがは我が妹、素晴らしい出来じゃないか」
「べつにこれくらいフツーよ」
 褒められた悟理は満更でもなさそうである。
 それから彼女はこう言った。
「かずにーだって、これぐらい簡単でしょ?」
「なぜそう思う?」
「だってかずにーって、大抵なんでもできるじゃん」
 これを聞いて芹川一也は苦笑した。
 それから彼は、こう言う。
「そうだな。ケーキと称して魚肉団子を作るぐらいにはな」
「?」
 きょとんとした顔をする悟理。
 芹川一也は続けて言った。
「帰ったばかりで疲れているだろう、少し休むといい」
「ん、そうする」
 悟理はそう返事して家に入った。
 それから芹川一也は、紙袋を片手に宴に戻っていった。