やめたり戻ったりした理由をちゃんと書く

なんとも気まずい。どこから話せば良いものか。心の整理もまだついていない。誰にでも分かるようにはっきりと書く勇気はないので、適度に言葉を濁して書く。でも事の発端と顛末はちゃんと書こうと思う。具体的には書かないので、なんのことかさっぱりだとは思う。

私が利用していたウェブサービスはとても多かった。だから整理しようと思った。いろんなメールの購読を辞めた。さまざまなサービスを退会した。しかし、サービスはそれぞれ関連し合ってることがある。一つをやめると、ほかに影響がある。1つをやめたいがために、多くを辞めなければいけない場合があった。

私は当初そのサービスは別に辞めなくても良いと思っていた。でも、結局やめてしまった。上記の理由が原因ではないが、関係はしている。1つのサービスをやめるのに、別のサービスをやめることになった。とても手間がかかった。

私はこう考えてしまった。『こんなに手間を掛けてやめたのだから、他も辞めなくちゃいけない』。非論理的な考え方だ。辞めなくちゃいけない気になってしまったのである。他のサービスを苦労してやめたのに、これだけ辞めないわけにはいかない気になってしまったのだ。

そのときは冷静な判断だと思った。でも、今になって思うと、やけになっていたのだと思う。やめるのにまっとうな理由があったわけではない。やめてスッキリしたいとか、別な舞台で頑張ろうというポジティブな意図があったわけではないのだ。

ふたたびはじめたのは、その15日後ぐらいのことだ。ほとぼりが冷めた頃合いだったのだろう。すでにサービスは辞めていたし、再開しようとは思っていなかった。また始めたいという気持ちは多少はあったと思うが、1から始めようという気持ちはなかったと思う。

とはいえ、失念していたことがある。すっかり忘れていたことなのだが、アカウントを2つ作っていたのだ。そうした理由はたしか、どう見えるのか確認のためだったと思う。2つのうち、片方は消したが、もう片方は残っていた。消せばよかったのかもしれないが、すでに消そうという気持ちもなくなっていた。

『せっかく残っていたのだし、何もせずに消すのも勿体ない。しばらく使用するのも悪くないか』と思ってしまった。『やめたくなったら、またそのときにやめればいいや』。それが再開したときの気持ちだ。どうにも情けない。

別の気持ちとして、どうしても試したいことがあった。前にうまくできなかったことが、うまくできそうなアイデアが思いついてしまった。それを試さずにはいられなかった。好奇心の登場である。それを試しているうちに、結局、戻ったような体になってしまった。

やめたなら辞めたで、確固として辞めたままでいればよかった。続けるなら続けるで、毅然としていればよかった。これじゃあ、いっときの感情に流されてしまっただけだ。どうにも私は格好悪い。

記事のタイトル「やめたり戻ったりした理由をちゃんと書く」| 公開した日付()| 更新した日付(2018年6月3日)| 更新した回数(1回)