すっかりテクノロジーから遠のいてしまった気がする。電子機器に囲まれてはいるんだけど、興味の対象ではなくなったような、好奇心が薄れてしまったような、感覚としてふわふわしている。どうにもはっきりしないので、ちゃんと記事にして、一度頭の中を整理するのは良いことだと思った。

ソフトウェア開発を中断したのはMacユーザーじゃなくなったから?

私は6年ぐらいMacユーザーだった。iMacを使っていた。好きだったし不満もなかったが、なんとなく2年ぐらい前にWindowsユーザーになって現在に至る。テクノロジー、特にソフトウェア開発に力を注いでいた時期とMacユーザーだった時期が重なるので、私はMacを使っていたから開発ができていた、とさえ考えていた。

本当にそうだろうか。

改めて問うてみると、そうともそうではないとも取れる。Macでソフトウェア開発をしていた。Windowsにしてからも開発を続行しようとしたが、数ヶ月でやめてしまった。なにかが違う気がした。それはフォントだったのだろうか、ディスプレイだったのだろうか。もう少し掘り下げてみる。

ちなみに、この記事はWindowsとMacの良し悪しについて述べた記事ではない。どちらがオススメかを示す記事でもない。

Macにあって、現在使用しているWindows機にないもの。相違点はなにか。

私はディスプレイのことをろくに調べもせずに買ってしまった。ゲーム用によく使われるディスプレイらしい。画面サイズは24インチ、解像度は1920×1080だ。大きさに不満はない。表面は光沢のないノングレアで、液晶はTN方式。この液晶はあまり気に入っていない。視野角の広いIPS方式のディスプレイにすればよかったと後悔した。

PC本体はドスパラの通販で売っているものをカスタマイズして購入した。CPUを良いものにして、グラフィックカードは積まなかった。ところでずっと画面一体型のiMacを使っていたので、タワー型の筐体のサイズ感をうまくつかめていなかった。それが届いた時、少し後悔した。大きすぎると思った。机の上に置くには大きすぎる。どこに設置するのかしばらく迷った。

CPUその他ファンがうるさいことも気になった。タワー型としては標準的なのかもしれないが、iMacをずっと使っていたせいか、かなり音が大きく感じられた。USB延長ケーブルを使って、筐体と机をできるだけ離す、ということも試した。音については今では慣れたが、何かを集中してする作業には、わたしには向かない気がしている。

OSについてはどうだろうか。わたしはmacOSの丸っこいデザインが好きだったので、Windows10のシャープなデザインになれるのには時間がかかった。デザインの違いが、開発のモチベーションの差ともなった。macOSではウィンドウを表示させるのが楽しかったのだが、Windows10では楽しく感じられなかった。単なる感情論なので、はっきりとしたことは言えない。

WindowsのVisual StudioとmacOSのXcode、どちらが使いやすいかと聞かれたらわたしはVisual Studioと答える。実際、デバック作業はVisual Studioのほうが効率よくできた。でもなぜか、Visual Studioでの開発にはなかなか馴染めないでいる。更新頻度が高いのが気になってはいるが、それだけが理由ではないだろう。iOS開発ができないことだろうか。わからない。

コンソールの違いも大きい。macOSのターミナルとWindowsのコンソールは似ているが、使い勝手や機能は異なる。しかしわたしは機能よりも、フォントの違いに戸惑っているようであった。macOSのMenloというフォントが好きだった。Windowsでも色々なフォントを試してみたが、なかなかしっくりくるものがない。レンダリング方式の違いだろうか。

不思議なのは、初めて開発に使ったコンピュータはWindowsで、その時には開発に熱中できていたということだ。Macに魅了されたか、あるいは慣れすぎたせいで、Windowsに戻れなくなってしまったのだろうか。それ以前に、単に開発に対する情熱を失っただけなのか。後者の可能性を否定する考えが思い浮かばない。

Macに戻ればソフトウェア開発を再開するだろうか。

分からない。それに5年は使えるものと考えて今のWindows機を購入したので、早々に交換することはあまり考えられない。それなりに気に入ってもいる。Windows専用のゲームもできるし。

もし、仮にMacユーザーに戻ったとして、開発を再開するのだろうか。分からない。

サブ機としてMacを購入するという選択肢も考えた。それもありかもしれない。そうなると小さなMac miniかラップトップ機が候補になってくるが、Mac miniは長らく更新されていないし、現在MacBook Proはキーボード不良の問題で不安があるので、もうしばらく様子を見ようといったところである。

ところで、問題はソフトウェア開発の情熱を失ったかもしれないということだ。だとしたら、再開の努力は徒労になってしまう。とはいえ、わたしは次のことは事実だと思っている。

情熱を失ったかもしれないが、興味を失ったわけではない。

たしかにテクノロジーに対して無条件に情熱を注ぐ気概は失くしてしまったかもしれない。そこまでの熱意はもうないように思う。でも、興味を全く失ったかと言われると、そうでもないようだ。現にこうして、こんな記事を書こうとするぐらいだ。本当は行動を起こしたくて、できなくて、ジタバタとしているところなのかもしれない。

興味という点で言えば、今はどちらかというと工学の方に興味が傾いている。モノづくりの方面だ。ものの仕組みや原理を知りたいと思っている。身近なテクノロジーの仕組みが気になる。だから、もしテクノロジー系の活動を再開するとしたら、手にとって動かせるようなものを作る方面でいく可能性がある。今はなんとも言えないが。

ここまで書いてみて、わたしは何かに気づけただろうか。核心に迫ることができただろうか。どうにも的外れな努力をしてしまった気がしてならない。外的な要因ばかり考えてしまった。内的な要因の方が大きかったのかもしれない。

たまにはテクノロジー系の記事を書いて頭の中を整理しようと思ったのだが、最後まで結論の出ないまま終わってしまった。

記事のタイトル「たまにはテクノロジー系の記事を書いて頭の中を整理する」| 公開した日付()| 更新した日付(2018年6月20日)| 更新した回数(1回)