海外ビジネスは文化の壁を超えられるのか

文化の違いを超えてビジネスをする難しさと面白さを、ライトノベルという形で描きました。イモムシという言葉が何度も出てくるので、苦手な方はご注意ください。(というより、イモムシが苦手じゃない人っているのかな?)

── 日本人にイモムシを食べてもらう。
── これは、そんな壮絶な使命をかかえた少女の物語である。

※ この物語はフィクションです

主な登場人物

  • 原野すけのしん:『万全の上に万全を期す』がモットーの燃えるビジネスマン。若干ナルシスト。
  • イモコ・オノーノ:思い立ったら一直線のまっすぐな女の子。アフリカ育ちでイモムシが大好物。

1日目

僕の名前は『原野すけのしん』。コミックマーケットの宣伝担当者だ。
普段はフィギュアを作ったり、カードゲームを開発したりする会社に勤めている。
── ピピピピッ
おっと、失礼! 上司から電話だ。僕はクールにiPhoneを取り出し、ダンディに応対する。
「もしもし。・・・。原野すけのしん、です」
風が、大いなる風が吹いている。
「状況の確認をしたい」
「どうぞお尋ねください」
すかさずスケジュール帳を取り出して、スマートにページをめくる。
・・・おっと! 両手がいっぱいだ!
「埼玉はどうなった?」
「万全です!」
「宮城は? それから大阪はどうだ?」
「ぬかりはありません!」
万全の上に万全を期す。それが僕のモットーだ。
「よし。明日からのコミケ、成功間違いなしだな」
「ありがとうございます!」
「だが油断せず万全を尽くすように」
「はい!」
ピッと通話を切る。
ふぅ・・・。これでひと段落だな。
アニメやコミケやフィギュアといった文化は、なかなか受け入れてもらえないこともある。
でも、それは日本独自のすばらしい文化だ。僕はそう思っている。
いつかこのカルチャーを、世界中に広めてやるんだ!

家に帰ると、娘が駆けてくる。こう見えて僕は二児の父親なのだ。
「わーん、パパー!」
「おやおや、どうしたんだい?」
彼女は泣きながら僕に飛びついてきた。そしてこう訴える。
「フィギュア死んだー」
そして、腕のとれたフィギュアを僕に見せた。
「大丈夫、死んでないよ」
「ほんとー?」
「すぐに直してあげるよ」
そう言って泣きじゃくる娘をなだめた。
僕は書斎に戻って、驚きの接着力を誇るセメダインを取り出した。
部屋の中には、アニメのポスターや宣伝広告が貼ってあり、机の上はフィギュアでいっぱいだ。
さて、壊れたフィギュアは治そうか。
・・・おっと!
「これは絶賛プロモーション中のキャラクター、“星海ひかり”じゃないかっ! 流れ星に乗ってやってきたという設定だったなぁ! 星のモチーフがふんだんに用いられているぁ」
この通り、商品説明も完璧だ。
僕の予感はこう言っている。このキャラクターはいつか世界中に広まっていく。
そのために僕は、海外ビジネスという大いなる課題に立ち向かうのだ!

2日目

次の日。
僕は埼玉の会場に来ていた。
「すごい人だ・・・」
とふつうは思うかもしれないが、僕ら宣伝担当にとっては、それほど驚きではない。
なぜなら、すでに来場人数は予測済みだからだ。
「ふむ・・・ちょっと見込みより少ないような気がするなぁ。やはり、これからは海外しかないのか・・・」
ふと案内カウンターのほうを見ると、小さな女の子が一人でうろうろしている。
・・・迷子だろうか。
「迷子ちがいます!」
・・・おっと!
心の声が聞かれたのかと思ったら、案内係と話しているところだったらしい。
会話はこんな感じだ。
「お父さんやお母さんはいるかな?」
「わたし、一人で来た!」
「へぇ~、すごいわね~。じゃあどこから来たの?」
「アフリカ!!!」
いや、さすがにアフリカからは来ないだろうと僕は判断する。
なぜなら、そこまでは宣伝していないからだ。
ところが、案内係は困った顔をして、少女を僕のところまで連れてきた。
僕は何度も顔を出してるから、運営者だと思われたのかもしれない。
・・・困ったものだ。
僕はダンディに膝をかがめ、声をかける。
「名前は何ていうんだい?」
「イモコ! イモコ・オノーノって言う!!」
なんということだ!
大いなる不思議、小野妹子と同名とは!
「不思議な名前だね」
「ジャパンの偉人とおんなじ!」
しかもこの少女、歴史に精通している・・・!
「一人で来たの?」
「あたりまえ!」
「アフリカから来たって本当?」
「とーぜん!」
「なにか困ったこと、ある?」
「もちもの、ぜんぶなくした!」
この少女、常に自信満々だ!
では、最終質問だ。
「一人で家に帰れる?」
「・・・」
無言。
それを肯定と取るべきか否定と取るべきか、一瞬の逡巡が脳裏を駆け巡る。
今、僕の脳神経ニューロンに、シナプスが行きめぐっているところだろう。
答えないのは、肯定か。否。
これほど聡明な少女が、否定の言葉を持たないなど、ありえない。
そんなわけで、その日のあいだ、懸命に捜索を続けたが、落し物は見つからなかった。
何度もアナウンスをして、会場の人にも手伝ってもらったのだが、仕方がない。
この子が家に帰れるまで、妻に面倒を見てもらうことにしよう。

3日目

翌日。
「すけのしん!」
「な、なんだい、いきなり?」
昨日出会った、アフリカ生まれ少女イモコが、娘たちに混じって朝食を食べている。
ちなみに僕の家は、妻と子供たちと合わせて4人家族だ。
「ジャパンに来た理由、言う!」
「ど、どうぞ」
イモコが両手をぐーに握って熱弁する。
「わたし、ビジネスに来た!」
「ビジネス?」
「そう・・・ジャパンはアフリカに似てる」
「そうかな?」
そうか、日本とアフリカは似ているのか。
「だから、きっと好きになる!」
「うん」
「とっても、おいしい!!」
「うん」
「ジューシー」
「うん・・・・・・で、何がだい?」
イモコは待ってましたと言わんばかりに、目をきらきらさせて言う。
「イモムシ!!」
一同が沈黙する。
「・・・もう一度、言ってくれるかな?」
「イモムシ!!とってもとっても、おいしい!」
その3秒後、妻は貧血でふらふらと倒れてしまい、それを見た娘たちは泣きだしてしまう始末。
僕はなだめるのに苦労した。
仮に、イモコの言っていることが真実だと仮定しよう。
まとめるとこうなる。

  1. イモコはアフリカから来た
  2. ビジネスのために来た
  3. イモムシを食べてもらうというビジネスだ
  4. ターゲットは日本人

考えながらプロジェクトの壮大さに、気が遠くなる。
食文化が違いすぎる。

「ねぇ、イモコさん」
「なんのこと?」
「トウモロコシじゃだめだろうか?」
「イモムシすごいおいしい!」
イモコは一歩も引かず、少女はこう主張した。
これが、いわゆるセールスポイントだ。

  • イモムシは葉っぱいっぱい食べる!
  • だから栄養すごい!
  • しかもヘルシー!
  • どこにでもいる!いっぱい取れる! だから安い!
  • なにより美味しい!

「まてまて、 そう言われても僕たち日本人にはね」
「すごくおいしい!」
「美味しいのは分かったから!」
「じゃあ、いっしょに食べる!」
まずいぞ。
このままで若きビジネスマン・・・いや、ビジネス少女の、閃光の如きセールストークに打ち負かされてしまう。
さあ、僕のターンだ。こう主張する。

  • 日本人には、そういう食文化はない
  • 日本人は、大抵イモムシが大嫌い
  • 想像もしたくない
  • だから、食べるなんてありえない

子供相手に意地になっただろうか。
「日本人はイモムシが大嫌い」
と言った段階で、イモコは目を丸くして泣きそうな顔になる。
僕は言い過ぎたと、反省した。
「文化の違いって思ったより大きいんだね」
「イモコ、知らなかった」
しゅんとしてしまうイモコ。
今日の僕はあまりダンディじゃないな。スマートにいかなきゃな。
「それぞれ、自分の文化はすばらしいと思っているんだ」
「日本のカルチャーは、すばらしい?」
「ああ、すばらしいとも!」
そこは、もちろん。
文化を超えなきゃいけないからな。
「それって、おいしい?」
「お約束だなぁ」
よし、ぜひこの機会に、日本のカルチャーの素晴らしさを教えてあげよう。
「見てごらん、これが日本のカルチャーだよ」
大小様々なフィギュアを持ってくる。
「ひと、小さい!」
「そう! これはスケールフィギュアっていうんだ」
「目、大きい!」
「これはデフォルメっていうんだ」
「足、細い!」
「これも誇張だね」
そこまで説明すると、イモコは何やら結論を出したようだ。
「あんまり、可愛くない!」
ずるっ
僕はマンガのような効果音と共に、椅子からずり落ちた。

4日目

考えてみればいい。
イモコは一度もフィギュアを見たことがない。
可愛いと思えなくて当然だ。
僕らがイモムシを好きになれないのと、遠からず、なのかもしれない。
ではどうしたら日本のカルチャーは、世界に受け入れられてもらえるだろうか。
イモコに聞いてみる。
「目小さくして、足太くする!」
「なるほど! その手があったか!」
・・・とは行かないので、安心していただきたい。
あくまで現状のフィギュアを受け入れてもらおうというビジネスなのだ。
「すけのしん」
「なんだい?」
「ジャパニーズは、どうしたらイモムシ好きになる?」
こちらのマーケターもビジネスに意欲的だ。
昨日の件もあるし、今日は紳士に対応しようと思う。
考えてみる。

  • 仮定1: 僕は世界一のイモムシ・マーケターだとする。
  • 仮定2: イモムシを世界に売り出す専門家だ。
  • 仮定3: 日本人にイモムシという食文化を伝えなければならない。
  • 課題: さて、どうやったら食べてもらえるだろう?

次にビジネス的手法で解決を試みる。
これぞ大人のやり方だ。

  1. まずビジネスを知ってもらう必要がある
  2. つまり、宣伝だ。
  3. まず、イモムシ料理のチラシを作って配る。
  4. チラシから、イモムシ通販サイトにアクセスしてもらうのもいいな。
  5. それから、近くのお店にイモムシを置いてもらう

これを読んで恐らく、「お願いだから、やめてくれ!」と思ったことだろう。
うん、僕も強く思う。
できれば、可能な限り、お店で彼らに出会うことが、今後もないことを願っている。
「一番のネックは、日本人がイモムシとフレンドリーじゃないことだね」
やはりそこに至る。
今日は努めてやんわりと表現する。
「でもジャパニーズ、タコとかイカとかホタテとかなぁーんでも食べるっ!!」
それと一緒にされてもなぁ・・・。
しかし、イモコの押しは積極的だ。
「ジャパニーズ、センスある! 生でも、いける!」
いやたしかに生だけど・・・
「生だけど、ふつうは醤油につけて食べるんだよ」
「しょーゆ?」
イモコは知らないか。
「大豆を発酵させて作る、日本独自のソースだよ」
「すけのしんもしょーゆ使う?」
「もちろん! 日本人は醤油が大好きなんだ」
「イモコ、ひらめいた!」
勢いよく立ち上がって、希望に満ち満ちた様子で話し出すイモコ。
「ジャパニーズ、しょーゆ使えば、イモムシ食べられる!」
それは、こう言い換えられる。

  • 日本人がイモムシを食べられないのは、醤油を使わないから

なんという成長だろう!
「その発想はなかった。えらいぞイモコ」
「あたりまえ!」
それでも食べられないだろうが。

5日目

翌日。
「すけのしん!」
「なんだい?」
すっかり家になじんでしまったイモコ。
ほんの数日なのに、まるでずっと一緒に暮らしていたみたいだ。
「しらせある!」
今日のイモコはいつもよりごきげんだ。
その笑顔を見ていると、こちらまで元気になってくる。
「知らせってなんだい?」
「おかーさん、むかえにくる!」
「・・・え」
いっしゅん戸惑う。
お母さん、お迎え、それはつまり・・・。
「連絡、取れたのかい?」
「あたりまえ!」
その言葉は、お別れを意味する。
「・・・そっか。うん、そっか」
「すけのしん、どーかした? 元気ない」
寂しそうに見えたのだろうか。
いけない、今日もあまりダンディじゃない。
「よかったじゃないか」
「とーぜん! でも・・・」
イモコは少し残念そうな顔をする。
心残りがあるのだろうか。
「すけのしん、イモムシ食べない」
・・・できれば、それ以外でいて欲しかった。
話の流れ的に、これをクリアすればハッピーエンドみたいな、そういうフラグは、もう少し難易度を落としてほしい。
「イモコは、どの辺に住んでいるんだい?」
「アフリカ!!」
「アフリカのどの辺りかな?」
「山!!」
ふぅ、まあいいか。
「いつか、会いに行くよ」
「ほんと! アフリカくる?」
「ああ。なんたって僕は、星海ひかりを世界に広める男だから」
「ほしーみかーり」
「星海ひかり、ほら目の大きくて足の細い」
いつものクセでフィギュアを取り出そうとして、躊躇する。
文化の違いって、やっぱり大きいもんなぁ・・・。
「それ、ほしい」
「え!」
イモコは、いままでにない真摯な顔をしていた。
そして、いつものたどたどしい口調でこう言う。
「すけのしんの、好き、わかりたい。 ・・・ジャパニーズの、好き、しりたい」
「イモコ・・・」
この子は、みずから日本のカルチャーを受け入れようとしているのだ。
その姿を見て僕は・・・。
「イモコ、なんでも欲しいものいってごらん。最後にプレゼントするから」
「んー」
イモコは少し考え、すこしいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「目、つぶる!」
「え? ・・・いいけど」
言われるままに、目をつぶる。
それから30秒。
それを目撃した娘たちは目を丸くしていた。
・・・・・・。
ここまで読んでくれた読者諸君なら、僕がいったいなにをされたのか、だいたい想像がつくだろう。
・・・まあ、その、なんというか。
思っていたより甘い味だった、とだけ言っておこう。
玄関のベルがなる。
お別れの時間だ。
「イモコ、わかったかもしれない」
── 文化を伝える方法。
それはきっと、

  1. その文化を受け入れることから始まるんだ。
  2. その文化を好きになって、受け入れてあげる。
  3. そうしたら、ちゃんと届くんだと思う。

「ただいま~」
「おかーさん!」
イモコが元気に言う。
帰ってきたのは、僕の妻。
「え、おかーさんって・・・」
「おかーさんは、おかーさん」
イモコは娘たちを見てから、妻を指さした。
そりゃ、娘たちから見たらおかーさんだろうよ。
「でも、連絡とれたって」
「およーふく、買う! やくそくした!」
やれやれ。
お約束のエンディングだな。
この小さなイモムシマーケターとは、もうしばらく縁が続きそうである。

タイトル: (小説)イモムシマーケター・イモコの挑戦
記事公開:
最終更新: 2018年1月25日
更新回数: 6回